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弁護士は、現代社会に暮らす、悲しみを抱いた魔女達を、自己犠牲も問わず、救いたい  作者: れさ
第一章 世界の裏側に触れた日

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――第23話 久我家の秘術――


「いやあ、すごいね。君」


藍は肩の力を抜いたまま、感心したように言った。


「久我家の後継者として受け継いだその秘術――

 それを、君はさらに一段、上の領域へと昇華させたらしい」


口調は軽い。

だが、その視線だけは、値踏みするように鋭かった。


「これはますます……私が君に手出しするのは難しそうだ」


そう言いながらも、残念がる様子は微塵もない。

むしろ楽しげに、愉快そうに唇を歪める。


「その秘術はね。本来、人間が辿り着ける領域のものじゃない」


くくく、と喉の奥で笑う。


「――素晴らしい!」


藍は子どものように、両手を挙げて歓声を上げた。


「それこそが、人の理想だとは思わんかね!」


藍は陶酔したように声を張り上げる。


「リネアなど、しょせんは“与えられた力”だ。

 借り物にすぎない」


拳を握りしめ、熱を帯びた瞳で語る。


「自ら掴み取り、踏み越えていく力――

 それこそが、人が目指すべき在り方だ!」


「……でもね」


声が、すっと低く落ちた。


「今の私には、黒涙(こくるい)が必要なのだ」


高揚は消え、残ったのは冷えた欲望だけ。


「渡してくれるかい? ――お嬢さん」


そう言って、藍は静かに手を差し出した。


「……聞いても、いいかしら」


結乃が、慎重に言葉を選びながら口を開く。


「なんだい?」


藍は、まるで雑談でも促すかのように応じた。


「黒涙を渡せば……

 私たちを、見逃してくれるのかしら」


一瞬の沈黙。


「もちろんとも!」


藍は嬉しそうに、即答した。


「私はね、そもそも久我家そのものに執着はないんだ」


軽く肩をすくめる。


「確かに、その秘術はやっかいだ。

 だが――私は“破れない”わけじゃあない」


「……っ!」


結乃の胸が、凍りつく。


何百年も。

久我家が命を賭して守り抜いてきたと思っていたものが、

実はただ――藍の気まぐれによって、見逃されていただけだった。


「たださぁ」


藍は微笑んだまま続ける。


「壊すには、あまりにももったいなくてさ。

 できれば、平和的に譲ってほしいと思っただけなんだ」


その言葉が、決定的に結乃の神経を逆なでした。


「……っ」


胸の奥で、何かが弾ける。


「父と母を殺したくせに――

 よくも、そんなことが言える…!」


「それは、しょうがないことさ」


藍は肩をすくめ、まるで当然の理屈を語るように言った。


「久我家の秘術はね。後継者に承継されたあと、

 一定期間が過ぎると――発動できなくなるんだ。

だからその前に次の後継者に承継する必要がある」


淡々と、残酷な事実を並べる。


「私はその承継が、少しでもスムーズに進むよう“手伝った”だけだよ」


――むしろ感謝してほしいくらいだ。


そんな態度が、ありありと滲んでいた。

結乃の胸に、じわじわと苛立ちが積もっていく。


「……で?」


鋭く問い返す。


「あなたの目的は何?

 黒涙を手に入れて、いったい何をするつもりなの?」


藍は、数百年前にTIMMAによって処刑された反逆者。

どうせ、ヴォルクハルトが邪魔で手を出せないから、

復讐のための力が欲しい――そんなところだろう。


結乃は、そう踏んでいた。


「人の手に――【魔法】を、取り戻す」


その一言で、すべての予想が崩れた。


「……は?」


結乃は、心の底から困惑した。

意味が、まったく理解できなかった。


「……魔法?」


「そうだ」


藍は即座に肯定した。


「今の人類史は、魔法体系がまるで発展していない。

 あまりにも歪で、不完全だ」


冷笑を浮かべる。


「術理など、所詮は――

 本来の魔法の、ごく一部を“使わせてもらっている”に過ぎない」

指を鳴らすように続ける。


「リネアも同じだ。

 理樹(アルネア)は、人を縛るための“枷”にすぎない」


「そんなものを、崇拝している連中の気が知れないよ」


藍の視線が、ゆっくりと君へ向く。


「だが――君のそれは違う」


一瞬、空気が張り詰める。


「その、昇華された久我家の秘術」


「――魔法だろう?」


断言だった。


「六重奏術式など、正直おまけだ。

 本質は――君自身に付加された《守律(アイオーン)》だ」


藍は楽しそうに数える。


「六重術式にも耐えうる耐久力。

 自己に依存しないエネルギー生成」


「それこそが――

 君が手にした“魔法”だ」


結乃は、自分の手を見つめた。

――そんな、たいそうなものなのか。


自分が、ただ生きてきただけで掴んでいたものが。


「魔法に、術式陣など要らない」


藍の声は、異様なほど落ち着いていた。


「エネルギーも使わん。

 魔法は――大気中のマナを、そのまま使う」


言葉が、常識を一つずつ壊していく。


「それが、本来、人が操るべき力だ」


短い沈黙。


「私は――」


一歩、踏み出す。


理樹(エルネア)を――」


一拍。


「……破壊する」


その言葉には、迷いも躊躇もなかった。


「だがな」


藍は、わずかに眉をひそめる。


「今はまだ、忌まわしきリネアの力に頼らねばならん。

 その現状が――実に歯がゆい」


吐き捨てるように続けた。


「魔法に抗うには、リネアの力を“解放”するしかない」


そう言って、男はゆっくりと手をかざした。

指先が空をなぞるたび、目に見えない圧が周囲に滲み出していく。


空気が、沈む。


湿り気を帯びた森の気配が、一瞬で重りを付けられたかのように押し潰され、

呼吸するだけで肺の奥が軋む感覚があった。


葉擦れの音すら遠のき、世界が息を潜める。


「――無為……停……」


藍が呪文を紡ぎ始めた、その瞬間――


「そこまでよ」


凛とした声が、鋭く空間を切り裂いた。


刃を振るったかのような明確さで、停滞した空気に亀裂が走る。



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