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弁護士は、現代社会に暮らす、悲しみを抱いた魔女達を救いたい  作者: れさ
第一章 世界の裏側に触れた日

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――第21話 魔法――

※※※


嵐の渦に貫かれ――

結乃は、確かに絶命したはずだった。


しかし、その光景を見下ろしていた藍は、

赤い眼球をわずかに細める。


「……何だ?」


違和感。


その一方で、結乃自身は、

すでに死を受け入れていた。


(……ああ、終わったんだ)


そう思い、静かに目を閉じる。

抵抗も、恐怖もない。

あとは死神が迎えに来るだけ――のはずだった。


だが。


いつまで経っても、

その気配は訪れない。


……来ない。


(……?)


結乃は、ゆっくりと目を開けた。

まず、胸元を見る。

――そこに、痛みはない。


振り返ると、

背後の木に風穴が穿たれている。

確かに、何かが貫いた痕跡。


(……死んだはず……)


術理核が砕ける音も、

確かに聞いた。

幻聴ではない。

聞き間違いでもない。


(……一体、何が……)


そう考えかけた、その瞬間。


どさっ


重たいものを、無造作に置いたような音が、

結乃の右側から響いた。


そこは――


ついさっきまで、悠斗が立っていた場所。


(……まさか)


胸の奥が、ひやりと冷える。


(……そんなはず、ない)


自分に言い聞かせるように、

結乃はゆっくりと、視線を横に向けた。


そこには――


悠斗が、先生が、倒れていた。

呼吸はなく、

身体は力を失い、


その胸元には――


結乃が貫かれたのと、まったく同じ位置に、穴があいてる。

そこから血と臓物がこぼれおちていた。


「っつ――――――先生――――――!」


叫んだ瞬間、

結乃の世界から、すべてが消えた。


目の前に藍がいることも、

自分がなぜ生きているのかも、

そんなことは、もうどうでもよかった。


関係ない。

全部、関係ない。


生きていてほしかったのは――


自分じゃない。

自分よりも、

ずっと、ずっと、生きていてほしかった人。


自分よりも、

幸せになってほしかった人。


何も持たなかった自分に、

生きる理由を与えてくれた人。


毎日毎日、

祈に向かっては「先生がね」「先生はね」と、

のろけ話みたいに語り続けてしまうほど、

心を占めていた存在。


――その人が。


結乃は、地面に崩れ落ちた身体に駆け寄り、

躊躇なく抱きかかえた。


「……先生……」


悠斗の瞳は、変わってしまっている。

本来は白いはずの部分が黒く沈み、

黒目だった場所が、赤く染まっている。


――それでも。


結乃は、その目を、愛していた。


優しく微笑んでくれた目。


迷ったとき、静かに諭してくれた声。


さっきまで――

ほんのさっきまで。

翡翠祭りの話をして、

どうでもいいことで一緒に笑っていた。


その命が、

今、結乃の腕の中で、

ゆっくりと、確実に、失われていく。


「……いや……」


小さく、震える声。


「いやだ……」


首を振る。

否定する。

現実を、拒絶する。


「……嫌です……」


涙が、止まらない。


「先生……」


声が、掠れる。


「神様……」


祈りなんて、信じたこともなかったくせに。


「……どうか……」


胸の奥から、

絞り出すように叫ぶ。


「どうか……先生を……助けてください……!」


その声は、

森の奥へ、空へ、

壊れた願いとなって響き渡った。


答えはない。

奇跡はない。

ただ、

絶望だけが、そこにあった。


※※※


っざく。


雪を踏む、湿った足音。


無防備に背を晒す結乃の背後へ、

巨躯の男がゆっくりと歩み寄る。


「……こいつのリネアの能力は」


低く、唸るような声。


「他人であろうと、自己であろうと、

“結果”そのものを改ざんする能力……か」


藍の視線は、倒れた悠斗から離れない。


「改ざんされた“結果”は、消えてなくなりはせん。

行き場を失った結果が、どこへ行ったのか――

不思議に思っておったが……」


一拍。


「……そうか」


理解した、とでも言うように、

男は静かに続けた。


「こいつ、

改ざんされた“結果”を――

自分で引き受けておったのか」


結乃は、動かない。


「自己の改ざんされた結果については、

遠い未来へ飛ばすことができる。

だが――」


声に、わずかな嘲りが混じる。


「他人の“結果”については、

許容量を超えれば、

他人の結果が自分の結果として反映されてしまう……か」


藍は、鼻で笑った。


「……愚かな男よ」


「自分のためだけに使えば、

不老不死にすらなれただろうに」


「死の結果も、老いの結果も、

すべて未来に投げ捨ててしまえばよかったのだ」


冷たい断定。


「人のために使ったばかりに、

……つまらん結末を迎えおったな」


「……」


結乃は、黙っていた。

言葉は、耳に入っていない。

理解する気も、反論する気もなかった。


「立て……小娘」


藍の声が、背後から落ちる。


「術理士は、

術理戦で死ね」


――うるさい。


結乃の中で、

その一言だけが、静かに弾かれた。


復讐する気力も、

憎しみを向ける余裕も、

もう残っていない。


今はただ――

目の前で、

自分が愛した人の

最後の命の灯が消えていくのを見届けることで、精一杯だった。


結乃は、

ぽっかりと穿たれた悠斗の胸の穴を、ただ見つめていた。


(……この人は)


また、だ。

またこの人は、

私の痛みを引き受けて、苦しんで――


(……ずるいです)


涙が、止まらない。

自分の弱さが、

どうしようもなく悔しくて。

結乃は唇を強く噛みしめた。


力を込めすぎて、

血の味が、口の中に広がる。


そのとき。


「……ゆ……の……」


かすれた声。


「……っ」


ごぼっ


血の塊を吐きながら、

悠斗が、結乃の名を呼んだ。


「……」


結乃は、息を殺す。

一言も、聞き逃したくなかった。


「……り……ん……」


「……ん?」


結乃は、すぐに身を乗り出す。


「なんですか、先生……?」


声は、震えないように。

泣いていることを、悟られないように。


――彼の最後に映る景色は、

自分の泣き顔ではあってほしくなかった。


だから、

必死に、笑った。

涙で崩れて、

お世辞にも可愛いとは言えない顔だろう。


それでも。

それでもいい。


悠斗から、

一瞬たりとも、目を離さず。


「……り……ん……く……

……起動……セット……」


「……え?」


結乃の思考が、止まる。


その言葉は――

悠斗が知っているはずのないもの。


知らないはずの、

呪文。


それなのに。

その言葉が、

確かに、この場に意味を持って響いた。


次の瞬間。

ふわり、と。

悠斗の右肩の術理核が、淡く光を帯びる。


「……アクティ……ベート……

……デプロイ……」


最後の言葉を、

絞り出すように唱え終えた、その瞬間。


光が、溢れた。

悠斗と結乃、

二人だけを包み込むように。


それは、眩しさではなかった。

熱でも、衝撃でもない。


まるで――


春の陽だまり。

麦畑の中に立っているような、

柔らかく、懐かしい、温かさ。


凍りついていた世界が、

その一角だけ、

そっと季節を取り戻したかのように。


結乃は、

その光の中で、

ただ、悠斗を抱きしめていた。


※※※


ギィィィィィン―――


甲高く、しかし澄み切った起動音が響いた。


結乃の術理核が、

まるで歓喜の声を上げるかのように、

自ら回転を始める。


それは警告音ではない。

暴走でも、異常でもない。


――祝福の音だった。


久我家の術理核。


幾世代にもわたって受け継がれ、

磨かれ、削ぎ落とされ、

ただ一つの完成へと近づけられてきた秘術。


久我家の後継者は、常に一人。


分散は許されない。

選ばれた器に、

すべてが集約される。


無数の術理。


無数の選択。


無数の犠牲。


それらすべてが、

今、この瞬間に――

結乃という存在へと帰結する。


集約されし術理が、産声を上げた。


それは新たな力の誕生ではない。


長い系譜が、

ようやく辿り着いた“答え”の宣言。


結乃は、

久我家の正式な後継者として。


血でも、肩書でもなく。


術理そのものに認められ、

今ここに、

誕生を称えられていた。


音はやがて、静かに収束する。


だが、その余韻は、

世界の深部にまで確かに刻まれていた。


※※※


結乃の黒髪は、

深紅へと染まった。


夜を映していた瞳は、

やがて黄金のような輝きを帯び、

人の光ではない色を宿す。


――だが、それは

リネア使いのような

人を捨てた化け物の変質ではない。


あくまで、人のまま。

人として積み上げ、

人として辿り着いた――


到達点。


人が到達できる極地。


そして、

その“限界点”を超えた先。


【魔法】


そう呼ばれるしかない真髄を、

理論でも、偶然でもなく、

完成という形で。


今、この瞬間。


結乃は――

自らの意思で、魔法を完成させてしまった。


それは覚醒ではない。

覚悟でもない。

ただ一つの事実。


――世界に、

新たな“法則”が生まれた。


そしてその中心に、

久我結乃は、

静かに立っていた。


※※※


バリ、バリ、バリ――


結乃の周囲を、帯電した稲妻が舞い上がる。

地を這い、空を裂き、彼女を中心に円を描いて収束していく。


皮膚が焼ける感覚はない。

恐怖も、痛みもない。


結乃の脳裏に、

今まで学んだことのない――

いや、学ぶ必要すらないの呪文が、

最初から知っていた言葉のように浮かび上がる。


「――セクステット・ブレイク《トール・ジャッジメント》」


唱えた瞬間、


ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン――


6つの術式陣が、同時に世界を叩いた。


雷鳴が重なり合い、

空間そのものが悲鳴を上げる。


次の瞬間、


雷光の奔流の中から――

雷神が、顕現する。


嵐を纏った巨躯。

全身を巡る稲妻。

その手には、雷を凝縮した裁きの槍。


雷神は、

迷いなく、藍を見据えた。


――だが。


藍は、動かなかった。

回避も、防御も、抵抗もない。


それは、諦めではなかった。

恐怖でもない。

魔法の完成に、

心からの感嘆を覚えたのか。


あるいは、

人類が辿り着いた可能性に、

静かな夢を見たのか。


2メートルを超える巨体の男は、

きらきらとした目で、

まるで子どものように、

振り下ろされる雷神の槍を、

ただ、受け入れるように待っていた。


かっ――!!!!!


視界が、白に潰れる。

雷神の槍が振り下ろされた瞬間、

まるで閃光弾が投げ込まれたかのような光が炸裂した。


がぁぁぁぁん!!!


腹の底を叩く雷鳴。

藍が立っていた場所は、

跡形もなく――


クレーターとなっていた。


地面は深く抉れ、

周囲は熱で赤黒く焼け、

一部はマグマと化している。


ぷす……ぷす……


焦げた土と金属が混じった、

重たい臭いが、静かに立ち上った。


結乃は、

その光景を確かに見届けると、

ゆっくりと空を見上げた。


……かすかに。

ほんの一瞬。


空間が歪んだような気がした。


揺らぎの向こうに、

霧が見えた気がする。


青い。

どこまでも、青い霧。


見間違いかもしれない。

疲労のせいかもしれない。


それでも。

結乃は、

その色を――

なぜか、忘れてはいけないものだと感じていた。




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