――第19話 敗北の音――
※※※
術理士同士の戦いは、一瞬で終わる。
術理そのものが膨大なエネルギーを消費するため、連発はできない。
だが、それ以上に――
術が一発入れば、ほとんどの場合、そこで決着がつく。
だからこそ、術理士はその“一発”を厳選する。
互いの間合いを測り、虚を突き、読み合う。
多彩な術を習得するのは、そのためだ。
術を多く知っていれば、それだけ手札が増える。
「……」
「シングル・ブレイク《シャドウ・ハンド》」
藍が低く唱えた瞬間、
彼の右上に展開された術式陣が淡く歪む。
次の刹那。
影の中から“手”が伸びた。
形を持たないはずの闇が、意思を宿したかのように、
結乃の身体を破壊せんと迫る。
「っ……!」
反射的に、結乃は術を叩き込む。
「シングル・プロテクト《レイディアント・シールド》!」
光が弾け、盾となって展開される。
純白の輝きが、闇の手を正面から受け止め――
弾き飛ばした。
同時に、思考を加速させる。
――先に術を発動させた、相手側の術式陣。
そこに、シングルでは防げない術理を叩き込む。
術式陣は、重ねて発動するほど効果が上がる。
だから――
「デュオ・ブレイク《エンバー・アンカー》!」
2つの術式陣を重ね合わせ
そこから、火の槍が形成され一直線に藍へと突き進む。
焼き尽くす意志を宿した、赤熱の杭。
(――よし)
結乃は、勝利を確信した。
相手の術式陣は8つ。
だが、そのすべてがシングルのままだ。
デュオの術理は、デュオの術理でしか防げない。
当たれば、終わりだ。
――そう思った、瞬間。
ズガァァンッ!!
「……なっ!?」
爆音とともに、火の槍が弾き飛ばされる。
驚愕する結乃の視界に、
木の陰から氷の術理が飛んできた。
(ありえない……!?)
次の瞬間。
影に隠れていた位置から、
二つの術式陣が、同時に浮かび上がる。
「……10個目……」
喉が、ひくりと鳴った。
結乃の胸に、はっきりと絶望が落ちる。
(それなら……それなら)
小技は、やめだ。
「――最大火力で、消し飛ばす!」
人類が同時に重ねられる術式陣は、4つ。
そう言われている。
エネルギー消費の問題もある。
だが、それ以上に――
術を撃ち出す“砲身”が耐えられない。
結乃自身も、限界は理解していた。
(……3つ。
私が安定して使えるのは、3つまで)
ここから先は、
一発外せば終わりの領域。
――それでも、退く気はなかった。
「トリオ・ブレイク《インフェルノ・ウェーブ》!」
ギィィン……!
低く、唸るような音とともに、結乃の術理核が高速回転を始める。
空気が震え、熱が渦を巻くのが、肌で分かった。
(……これが、トリオ……)
結乃にとって、実戦で使う初めての三重奏術理だった。
シングルやデュオとは、明らかに違う。
術式陣が3つ同時に共鳴し、
一つの意思として、巨大な火の奔流を形作っていく。
赤熱した炎が、波となってうねり、
地を舐め、空を焦がしながら、藍へと押し寄せる。
「これで……」
喉が震え、それでも叫ぶ。
「――おわれーーーっ!!」
火の津波が、すべてを呑み込むかに見えた、その瞬間。
「……」
藍は、動かなかった。
いや――
動く必要がなかった。
彼は、あまりにも静かに、
まるで独り言のように、そう唱えた。
「カルテット・ブレイク《サイクロン・バースト》」
その一言で、
世界が、裏返る。
結乃の思考が、ぷつりと停止した。
(……カルテット?)
四重奏。
術式陣を4つ、同時に重ねる術理。
ありえない。
人類の限界を、越えている。
(……負けた)
理解は、一瞬だった。
術理士として――
自分は、相手にならない。
天才と呼ばれ、
努力を、誰より積み重ねてきた。
――それでも。
真の天才には、届かない。
否。
目の前にいるのは、そんな言葉で片付けられる存在ではない。
何百年も生き、術を重ね続けてきた怪物だ。
(……先生)
心の奥で、名前を呼ぶ。
(……すみません)
(……守れませんでした)
結乃が放った火の津波は、
雷を帯びた暴風に正面から呑み込まれた。
炎は引き裂かれ、拡散し、
嵐の中で、跡形もなくかき消えていく。
次の瞬間。
帯電した風が、渦となり、
一本の“槍”のように収束する。
逃げ場はない。
防御も、回避も、思考すら間に合わない。
嵐は――
結乃の胸を、正確に貫いた。
心臓ごと。
その奥にある術理核ごと。
ばきり、と。
嫌な音がして、
核は砕け、粉々に散った。
痛みを感じるより先に、
世界から、色が消えていく。




