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弁護士は、現代社会に暮らす、悲しみを抱いた魔女達を、自己犠牲も問わず、救いたい  作者: れさ
第一章 世界の裏側に触れた日

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――第15話 恐怖の目覚め――


ゴォォォ――ン……


ゴォォォ――ン……


ゴォォォ――ン……


ゴォォォ――ン……


ゴォォォ――ン……


不気味な鐘の音が、途切れることなく鳴り響く。


3人は、ほとんど同時に立ち上がった。


周囲を見渡す。

――さっきまで、確かに人がいた。


屋台の灯り。


笑い声。


ざわめき。


それらは、すべて消えている。

ここには、

3人しかいない。

世界そのものが抜け落ちたかのような空間に、

鐘の音だけが反響していた。


「……結乃様」


祈が、落ち着きのない声音で口を開く。


「これは……」


冷や汗をかきながら、結乃が答える。


「ええ。

これは“空間置換”ね」


唾を飲み込み、続ける。


「空間ごと、別の空間に入れ替えられた」


祈の表情が、さらに強張る。


ラン……でしょうか」


悠斗は、脳裏に資料の記述を引き寄せながら言った。


「いや。

ランの術理核の構造上、置換系の術は使えない」


間違いない、という口調だった。


「さすが先生」


結乃が、わざと軽口のように言う。


「勤勉ね」


だが、その声には、

一切の余裕がなかった。


鐘の音が、

再び、深く――


ゴォォォ――ン……


と鳴る。



結乃は、必死に思考を巡らせる。


置換術理。

術式を地形、あるいは対象そのものに刻み、

その空間を、別の空間へと置き換える術。


初歩――


そう、理論上は初歩の部類だ。

だが、これは規模が違う。

3人丸ごと。

それも、周囲の空間を含めて、ごっそり置換するなど、ありえない。


――エネルギーの無駄遣いにも程がある。


こんなことをすれば、

術者は術式を発動した瞬間に干からびるはずだ。


それ以上に、おかしい。

結乃も、祈も、

術式の気配を一切察知できなかった。


刻まれる瞬間も。

展開される前兆も。

空間が歪む兆候すら。


こんな、馬鹿げたことができるとは思えない。


だが、この状況で――


”やれるのは誰か”を考えたとき。

ふっと、思考が一つの名前に行き着いた。


――あの女しかいない。


水野洋子。


先生の先生だか何だか知らないが。

もし、こちらに手を出してきたのなら、

容赦はしない。


そもそもだ。

置換術理は、

「置き換えられた空間」と

「置き換え前の空間」が

相互に干渉できない。


つまり、こちらの空間に干渉するためには、

術者自身もこちら側に存在している必要がある。


というより――


術をかけるためには、

術者本人が、この空間にいなければならない。


しかも、この規模だ。

3人と周囲一帯を丸ごと置き換えるなど、

長時間維持できるはずがない。

いずれ、必ず綻びが出る。


ーーー結論は、出た。

結乃は、視線を鋭くして、

祈に声をかける。


「祈」


「はい」


即答だった。


わずかな思案ののち、祈も同じ結論に至ったのだと、結乃は悟る。


「先生を――」


守って、と続けるつもりで、

悠斗のほうを振り向いた、その時だった。


「……先生?」


悠斗は、こちらを見ていなかった。


その視線は、


森の奥――


木々の隙間に、釘付けになっている。


「あ……つ……」


喉が引きつったような、

声にならない声が、悠斗の口から漏れた。


結乃は、

ゆっくりと、その視線の先を見る。


――そこに、それがいた。


2メートルを超える巨体。

灰色の皮膚には、無数の欠陥が浮き出し、

まるで内側から何かが打ち付けるように、脈動している。

生気のない顔。

その中央に、

不自然に埋め込まれた二つの赤い眼球。


眼の奥では、

大量の影が、うごめいているのが見えた。


それは、いや、それらは――

こちらを――

見ていた――



結乃は、確信した。


会ったことはない。

見たこともない。


それでも――


伝え聞いてきた外聞と、

何より、悠斗の反応。


それらがすべて重なり、

目の前の存在が何者なのかを、はっきりと指し示していた。


ルナ】を冠するリネア使い。

ラン明華ミンホア


父と母の死因となった男。

仇。


そして――


先生を、痛めつけた張本人。


許さない。

思考が、沸騰する。

怒りが血のように全身を巡り、

今にも理性を焼き切りそうになる。


だが、その瞬間。

ひとつの疑問が、

その熱に、冷水を浴びせた。


――おかしい。


結乃の思考は、

憎しみの奥で、

不自然な点に引っかかっていた。


この置換術理は、ランのものではない。

結乃は、はっきりとそう断じた。


あの女、水野洋子。


ネザーヴェイルの一員なのか。


それとも、藍の協力者か。


どちらにせよ、結論は一つだった。

この窮地を脱するには、

藍の隙を突き、

術者である水野洋子を殺すしかない。


置換術理は、

術者がこの空間に存在しなければ成立しない。


つまり、水野は近くにいる。

探し出すこと自体は、難しくない。

――難しくない、はずだ。


だが。


目の前にいるのは、

ルナ】を冠するリネア使い。

この男を前にして、

そんな余裕が、本当にあるのか。


結乃には、対術理士との戦闘経験がある。

対リネア戦を想定した準備も、積んできた。


だが――


実際に、リネア使いと相対するのは、これが初めてだった。


久我家との因縁。

父さん、母さん……先生…

こんな“もの”を相手にしていたのですね。

ぞくり、と背筋を冷たいものが走る。



怖い。


その感情が、

結乃の思考に、確実に影を落としていく。

冷静でいなければならない。


分かっている。

分かっているのに――


恐怖が、

結乃の判断力を、

じわじわと鈍らせていった。

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