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弁護士は、現代社会に生きる、辛い過去を持つ魔女達を自己犠牲も問わず救いたい。  作者: れさ
第5章 救いの先

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――第6話 来訪者――

悠斗はゆっくりと体を起こす。


脇腹から、じわりと血が滲んでいた。内臓を傷めている感覚がある。それでも――致命傷ではない。


祈が施した止血と簡易治癒のおかげで、どうにか立ち上がれる程度まで回復していた。


一歩、足を踏み出す。


「……っ」


鈍い痛みが脇腹を走る。

呼吸を深くすると、傷口が軋む。激しく動けば、すぐに開いてしまいそうだった。


(……絶妙な加減だな)


悠斗は内心、感心する。

動けはするが、無茶はできない。祈らしい、容赦のない優しさだった。


「無理しないでください」


すぐ隣で、祈が静かに言う。


悠斗の腕を自分の肩へ回し、しっかりと体を支える。その細い体からは想像できないほど、安定した支えだった。


「……ありがとう」


悠斗は小さく礼を言う。


祈は何も答えない。

ただ、前を見たまま歩調を合わせる。


林を抜けると、屋敷の灯りが遠くに見え始めた。

夜明け前の空が、わずかに白み始めている。


足音だけが、静かに続く。


戦闘の余韻が、まだ二人の間に残っていた。

それでも――その沈黙は、不思議と心地よかった。


悠斗は、祈へわずかに体を預けながら、痛みに耐えつつ屋敷への帰路を進んでいた。


「それにしても、悠斗」


エウラが腕を組み、不満げに口を開く。


「あんた、私が術理を防げなかったらどうするつもりだったのよ。みーんな仲良くお陀仏だったところよ」


本気で怒っている声音だった。

実際、危険な状況だった。祈の機転がなければ、雷撃によって二人とも焼け焦げていた可能性は高い。


もっとも――そうなれば悠斗も無事では済まなかっただろうが。


「そうなった場合は」


悠斗は、あっさりと言う。


「君たちに生じる結果を、全部僕が引き受けて……未来へ送るつもりだったんだよ」


その言葉に、エウラは目を丸くする。


「ええ? あなた、他人の結果は未来へ送れないんじゃなかった?」


そう言いながら、悠斗の脇腹の傷へ視線を落とす。


「だから祈の傷だって送れなくて、今そんなことになってるんでしょ」


「まあ、そうなんだけどね」


悠斗は苦笑する。


「タイミングが難しいんだ。でも……不可能じゃない。相手を正確に視認して、結果が発生する瞬間に合わせる必要がある」


小さく肩をすくめる。


「祈の姿が見えなかった。それが……僕の敗因かな」


淡々とした口調だった。


敗北を語っているはずなのに、悔しさはほとんど滲んでいない。

むしろ――どこか憑き物が落ちたような、晴れやかな表情をしていた。


その横顔を見て、祈の胸に温かいものが広がる。


思わず――少しだけ、嬉しくなってしまう。


「悠斗さん……私も考えます。一緒に」


祈は静かに、しかしはっきりと言った。


「悠斗さんは、何でも一人で抱え込んでしまう癖があります。もっと……周りを頼ってもいいんじゃないでしょうか?」


その言葉に、悠斗は少し気まずそうな表情になる。


「あー……その件なんだけどさ。実は、相談相手がいてね」


祈が目を瞬かせる。


「今日もダメだったから、屋敷に来てほしいって連絡してあるんだ。その人の話を聞いてみようと思ってさ」


一瞬、理解が追いつかなかった。


――相談相手が、いる?


祈の胸に、じわじわと別の感情が湧き上がる。

それなら、なぜ。どうして。


思考が巡るにつれ、その感情は次第に苛立ちへと変わっていった。


「……悠斗さん」


声の温度が、わずかに下がる。


「なぜ、それをもっと早く言わないんですか?

 そうだったら……こんなことをする必要、なかったじゃないですか」


祈の視線が鋭くなる。


悠斗は一歩気圧され、言葉を探すように口を開いた。


「わ、悪いとは思ってるよ。ただ……僕も、少し気が立ってたみたいだ」


言いながら、戸惑いが滲む。


「祈の言葉に……少し、反発したくなってしまったんだ」


額を伝う汗を、悠斗ははっきりと感じていた。


なぜこんな、言い訳じみたことを口にしているのか、自分でも分からない。

自分の感情を言葉にすることが、こんなにも難しいとは。


悠斗は、そんなことをぼんやりと考えていた。


「まるで反抗期の子供ね。母親に反発するとか、思春期でもないんだから。いい加減、大人になりなさいよ、バーカ」


エウラは手をぶらぶら振りながら、容赦なく追撃する。


「……うっ」


悠斗は言い返せず、思わず言葉に詰まった。


確かに――感覚としては、どこか似ている気がする。

反発した理由を説明しようとしても、上手く言葉にできないあたりが、なおさら図星だった。


そうこうしているうちに、ようやく屋敷へ辿り着いた。


先ほどまで近くに見えていた灯りは、思っていた以上に遠かったのだと、悠斗は痛む脇腹を押さえながら実感する。


重い足取りのまま玄関へ踏み入れると――


違和感が走った。


いつもの屋敷の空気ではない。

どこか、張り詰めた気配が漂っている。


祈とエウラも、ほぼ同時にそれを察知した。


祈はすぐに姿勢を低くし、臨戦態勢へ移行する。

だが、悠斗は静かに手を横へ伸ばし、それを制した。


「……大丈夫だ」


重苦しい空気を切り裂くように、悠斗は普段と変わらない足取りで奥へ進む。


応接室へ続く扉の前で立ち止まり、迷いなくドアノブを掴む。


――がちゃり。


玄関の扉は開け放たれたままだった。

冷たい夜気が廊下を満たしている。


だが、応接室の扉を開けた瞬間――


ふわりと、温かな空気が頬を撫でた。


紅茶の香りが微かに混じっている。

その柔らかな温度は、戦闘で張り詰めていた神経をほどくようで、思わず眠気を誘われるほどだった。


しかし――


その温もりの中、応接室のソファに腰掛け、まるで自室でくつろぐかのように優雅に紅茶を傾けている人物の姿が目に入った瞬間。


その眠気は、完全に吹き飛んだ。


「おー! 悠斗くーん! お帰り! 兄妹喧嘩は済んだかい?」


明るく弾む声が、応接室に響いた。


ソファに深く腰掛けたまま、赤茶色の長い髪をさらりとなびかせ、軽く手を振っている。まるで自宅でくつろいでいるかのような、あまりにも自然な振る舞いだった。


祈は思わず息を呑む。


――その人物の周囲には、静かな圧があった。

穏やかな笑みを浮かべているのに、底知れない深さを感じさせる気配。


「お待たせして申し訳ございません、“洋子先生”。僕が大人げなく、祈とエウラに迷惑をかけてしまったようです」


悠斗は、いつも通りの落ち着いた声音で頭を下げる。


「いやいや、若者の喧嘩は元気があっていいじゃないか」


そう言いながら、紅茶を一口含み、満足そうに息を吐く。その仕草一つ一つが妙に優雅だった。


そこにいたのは、【アクア】のリネア使い――水主みずし霧羽乃命きりはのみこと

かつてその名で呼ばれ、今は水野洋子と名を変えた存在だった。


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