――第11話 災厄の系譜――
その日から――真神悠斗の“日常”は、久我家の屋敷で始まった。
結乃の許可をもらってからというもの、悠斗は西館二階にある、
彼女の父・正義の書斎に入り浸るようになっていた。
屋敷の外に出ることはほとんどなく、たまに息抜きに庭で散歩をする程度だ。
そして夕食までの時間はほとんどそこで過ごす。
もはや自分の部屋より落ち着く気がするのだから、人の適応力はすごいと思う。
書斎の壁一面を覆う木製の本棚には、
百年以上前の古文書から、つい最近出版された術理論書までがぎっしりと並んでいた。
基本的に書物は英文で書かれており、
背表紙の文字は難解で、ぱっと見ただけで頭が痛くなりそうなものばかりだ。
部屋の空気は、いつもひんやりと冷たい。
紙と墨が混ざった独特の匂いが漂っていて、
ここが“普通の家の一室”ではないことを、否応なく思い知らされる。
※
久我家は、今から100年以上前――1882年に、ドイツから日本へ派遣された術者の一族を祖としているらしい。
そのまま日本に定着し、術理の研究と発展に深く関わってきた家系で、現在の術理士の組織である《TIMMA》の設立にも、大きく貢献した名門だという。
……と、ここまで聞くと、いかにも「偉そうな名家」という感じがする。
しかし、意外なことに、現在のTIMMAにおいて、久我家の立ち位置はそこまで特別扱いされているわけではないらしい。
結乃の父である正義は、組織の中枢にいるわけでも、権力を振りかざす立場ではない。
表向きの肩書きは、投資家。
TIMMA内では、あくまで術理研究所の研究員の一人とのこと。
結乃が先ほど、こう説明していたのを思い出す。
「TIMMAというのは、術理情報相互扶助機構――
Thaumaturgy Information & Mutual Aid Association の頭文字を取って、TIMMAと呼ばれています」
結乃自身も、現在はTIMMAの中で、父・正義がかつて所属していた術理研究所に籍を置いているらしい。
ただし、研究所への出入りは自由で、常に顔を出す必要はない。
研究成果があれば提出してもよく、提出しなくても問題はない。
提出された成果物は共有され、興味を持った研究員が集まり、共同研究が行われる仕組みになっている。
TIMMAの術理研究所は、術理情報の共有と研究者同士の相互扶助を目的とした部門である、と。
TIMMAは、1650年頃に設立された組織だ。
後に「最強」と称される【火】のリネア使い、ヴォルクハルト・ヴィルスが、当時の創設者たちとともに立ち上げたとされている。
その役割は多岐にわたる。
術理士の管理・研究・育成をはじめ、状況に応じて隠蔽・弾圧・断罪までを行う。
また、リネアによる被害を最小限にとどめることも、組織の重要な任務のひとつとされている。
――隠蔽、か。
ふと悠斗は、以前目にした記事のことを思い出していた。
※
正義は、どうやらリネアについて研究していたらしい。
藍の脅威は、そのまま一族にとっての脅威でもあったのだから、研究対象としては自然な流れだ。
リネア――資料によれば、理樹と接続し、そこから力を引き出す類の能力だという。
リネアを扱える人間はごく限られており、現存が確認されているのは7人のみとされている。
彼らはそれぞれ、曜日になぞらえた冠する座を与えられている。
【月】藍・明華
【火】ヴォルクハルト・ヴィルス
【水】水主・霧羽乃命
【木】アーサー・ヴェルレイン
【金】アザール・サンカラ
【土】アールティ・カルパナ・ナグ
【日】エウラ
いずれも、リネア使いを象徴する名だ。
一方で、術理とは、術理核と呼ばれるものが人体に埋め込まれており、そこから発現させる力だ。
術理核の性能によって起こせる奇跡は変わり、刻まれている術の数が、そのまま術理士としての性能になるらしい。
ただし、術理はあくまで人体からエネルギーを引き出して放つ力にすぎない。
それに対してリネアは、理樹からエネルギー引き出している。
差は歴然とのこと。
術理士が原付のガソリンタンクだとすれば、リネア使いは油田を抱えているようなものだろう。
短期決戦なら、もしかしたら……と考えなくもない。
だが、歴史を見ても、リネア使いが討伐された記録は残っていないという。
やはり、そんな単純な相手ではないらしい。
そして――
本命である――
【月】のリネア使いによって創設されたとされる、反術理情報管理相互扶助機構 《ネザーヴェイル》。
藍が作った組織だ。
藍は1756年当時、TIMMAの重鎮だった。
しかし禁忌を犯し、叛逆。
その後、TIMMAは多大な術理士の犠牲を払うことにより、藍を捕縛、そして処刑した。
――それで終わりのはずだった。
処刑後、彼を信奉する信者たちが、何百という魂を犠牲にして反魂を行った。
寄せ集められた複数の生物の肉体からなるキメラ。
その転生の過程で、藍はリネアに目覚めたとされている。
彼のリネアは、重力に関するものだ。
観測された回数はわずか9回。
活発な活動歴のわりに、その数は少ない。
理由はいくつか考えられている。
藍は卓越した術理士であり、そもそもリネアに頼る必要性が薄いこと。
また、キメラ体となったことで、身体能力そのものがすでに人間の域を超えていること。
死霊術理を得意とし、自身が前線に立つことは少ない。
さらに、昼間は何らかの制限を受けているのか、昼間の目撃例はほとんど存在しない。
悠斗は、それらすべての資料を片っ端から読み漁った。
最初の頃は、半信半疑だった。
術理やリネアに関する資料は、どれも胡散臭く、都市伝説の延長のように見えていたからだ。
だが――
国営図書館で目にした記事の断片と、久我家の内部資料を照らし合わせていくうちに、
それらが一本の線で繋がっているように思えてきた。
直近で「リネアによる被害」とされている事件は、
2015年にドイツ・レムシャイト全域で発生した意識不明事件だ。
表向きの報道では、原因は「火山性ガス」とされていた。
しかし、久我家の内部資料には、次のような記述が残されている。
《【日】のリネアによるもの
【日】のリネアの発動条件を把握したうえで、都市部にて戦闘を開始したカシウスに厳重注意》
図書館で読んだ新聞記事には、一切触れられていなかった「リネア」という言葉。
公式には説明不能とされた“全域同時意識不明”。
その二つを重ね合わせることで、
これまで平面的だった出来事が、立体的に浮かび上がってくる。
納得せざるを得なかった。
(……都市ひとつが被害に遭っても「注意」で済むのか。
厳しいのか、甘いのか、よくわからないな。
それに、この「カシウス」っていうのはTIMMAの執行官らしい。
リネア使いに対抗するための、術理士の部隊所属……
きっと、想像もつかないほど強いんだろう)
そんな感想を、悠斗は抱いていた。
次に挙げられていたのは、1840年代から断続的に記録されている「巨大生物目撃事件」だ。
報告内容は記事と共通している点が多い。
全長6メートルを超える怪物。
海の裂け目。
水中にうごめく異形の影。
久我家の資料では、これは、
【土】のリネア使いが「曼蛇幻獣召」によって召喚した、
マカラ(Makara)であると記されていた。
マカラは、半物質生命体と分類されている。
術理では、半物質生命体を生み出すことはできない。
よって、この現象は――
リネアによってもたらされた奇跡である、と結論づけられている。
悠斗は、リネアに関する資料を読み進めるうちに、どうしても引っかかる疑問を覚えた。
例えば、【日】のリネア使い。
最近の活動が観測されているのは2015年だが、資料を辿ると、1750年にも同種の災厄が起きていると記録されている。
260年以上にわたって、同じ性質のリネアが発動していることになる。
(……リネア使いには寿命がないのか?
それとも、リネアそのものが、誰かに受け継がれていくのか?)
さらに、この【日】のリネアについては被害規模が、他のリネアとは明らかに違っていた。
記録を見る限り、他のリネアによる被害は、まだ「人災」と呼べる範囲に収まっている。
だが、【日】だけは別格だ。
毎回、町ひとつが壊滅的な打撃を受けている。
もはや事故や事件ではなく、災害と呼ぶほうが正しい。
これほどの異常が、数百年にわたって繰り返されている。
そう考えると、どうにも現実感が薄かった。




