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弁護士は、現代社会に生きる、辛い過去を持つ魔女達を自己犠牲も問わず救いたい。  作者: れさ
第4章 旅先で待つもの

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――第20話 神話の激突――

「……はあ、はあ……」


 結乃は、思わず膝に手をついた。

 胸が焼けるように熱く、呼吸が追いつかない。エウラにヒールをかけてもらったとはいえ、コルソンに受けた傷が完全に癒えたとは言い難かった。


 それでも、ここまで高位の術理を立て続けに放っている。

 身体が悲鳴を上げないはずがない。術理核はまだ応えているが、それを支える肉体が限界に近づいているのが、はっきりとわかった。


 周囲を見渡す。

 フロアは、もはや原形を留めていなかった。十五階の天井は大きく抉られ、二十階付近まで一直線に穴が開いている。壁という壁にも裂け目が走り、そこから夜の風が唸りを上げて吹き込んでいた。


 一歩踏み外せば、終わりだ。

 足元の床はひび割れ、崩落寸前の瓦礫が不気味に軋んでいる。落ちてしまえば、術理も何も関係ない。一瞬で、すべてが終わる。


 それでも、結乃は顔を上げた。

 ここで倒れるわけにはいかない。

 この崩壊した戦場で、まだ終わらせるべきものが残っている。


 ふと前を見ると、藍は実に楽しそうに術理戦を続けていた。

 その表情を見れば一目でわかる。余裕がある。追い詰められている様子は微塵もなく、まるで遊戯の延長にいるかのようだった。


「いやー、やっぱり術理士というのは、こうでなくてはね」


 藍は愉快そうに言う。


「技と術を競い合う。この瞬間が楽しくて仕方がないんだ。――そうは思わないかい?」


「思わないわ」


 結乃は即答した。

 迷いも、躊躇もない。


 正直なところ、これ以上戦闘が長引けば限界だ。

 エウラの援護があるとはいえ、身体の消耗は誤魔化せない。術理核は応えてくれても、肉体が先に壊れる。


「……藍」


 そのとき、エウラが唐突に声をかけた。


「なんだい、エウラ。君とは……何度か会ったことがあったかな?」


 軽く首を傾げる藍に、エウラは肩をすくめる。


「あなたの“外殻”のほうには、何度かね」


 ぴしりと、空気が張りつめる。


「あんな趣味の悪い外殻、ありえないわ」


 そう言って、エウラは大げさに両手を振った。

 その仕草には、嫌悪と、そして確かな確信が込められていた。


「あなたは、理の樹の何を見たの?」


 エウラの問いに、結乃は思わず息を止めた。意味が、理解できない。


「理の樹はいったい、何の役目を負っているの? あなたは、何を知っているの?」


 その言葉を聞いた瞬間、藍の表情が凍りつく。


「……そうか、エウラ……君は」


 浮かべていた笑みが消え、代わりに現れたのは、絶望とも憤怒ともつかない歪んだ顔だった。空気が、重く沈む。


「いずれ、わかる日が来るさ。エウラ」


 藍は、低く静かな声で続けた。


「それに……結乃、だったかな。君も魔法使いなら、いずれ必ず辿り着く」


 炎と瓦礫の向こうで、彼はゆっくりと視線を巡らせる。


「私たちリネア使いは、長い長い時を生きてきた。それでも、せいぜい五百年だ。たったそれだけの歴史しかない」


 一瞬、自嘲するように笑う。


「だがね……その歴史は、もう終わろうとしている。理に縛られ、管理され、固定された世界の中でな」


 藍の声に、確かな憎悪が滲む。


「私は、それが許せない。人類の手に、歴史を取り戻す。誰かに与えられた理ではなく、自ら選び、壊し、進む歴史をだ」


 そして、迷いのない目で言い切った。


「そのためなら、私は世界にとっての大罪人になろう。そう、決意したのだからな」


「悪いが……そろそろ、けりをつけさせてもらうよ。結乃」


 藍はそう言って、静かに構えた。


「この【ルナ】のリネアの力で――」


 空気が、変わる。

 藍の周囲に漂う気配が、これまでの“術理”とは明確に異質だった。

 リネア。

 理の樹から、ほぼ無限にエネルギー供給を受ける力。発射される出力も、常識では測れない。術理では、絶対に敵わないとされている存在。


 ――だが。


「……無限じゃない」


 結乃は、心の中でそう言い切った。


 無限に見えるだけだ。

 そうでなければ、世界はとっくに壊れている。


 ならば。

 術理で、超える。


 結乃は、まっすぐに藍を見据えた。


 私は魔法使い。

 久我結乃。


 魔法で、術理で、リネアを超えてみせる。

 それが、久我家として乗り越えるべき壁なのだ。


「エウラ! ありったけのエンハンスをお願い!」


 叫ぶ結乃の声に、エウラは一瞬だけ肩をすくめた。


「まったくもう……魔法使いが荒いわよ」


 だが、その口元は笑っている。


「――“エンチャント”」


 その一言を合図に、空間が鳴った。

 カン、カン、カン――

 硬質な音が連続し、結乃の正面に次々と術式陣が形成されていく。円環、六芒、複合陣。重なり合い、噛み合い、干渉しながらも崩れない。


 ――二十四。


 数え終えた瞬間、結乃は悟った。

 これが、今の自分に許された限界。

 肉体も、術理核も、精神も――すべてを燃やし尽くす出力。


「……お願いだから、もってよ」


 結乃は、両手を前に突き出す。


「――守律アイオーン!」


 宣言と同時に、二十四の術式陣が一斉に回転を始めた。

 すべてが重なり合い、世界の“裁定”を下す準備が整う。


『セクステット・ブレイク・トール・ジャッジメント!』


 天井の裂け目から、蒼白な閃光が落ちる。

 ただの落雷ではない。空間そのものを貫く、垂直の光柱。


 雷の中心から、雷神が姿を現す。


 巨躯。

 全身を纏うのは稲妻で鍛え上げられた鎧。

 一歩踏み出すたび、雷鳴が遅れて追いつく。


 雷神が槍を掲げた瞬間、雷は武器ではなく“法”となった。


『セクステット・ブレイク・シヴァ・アイスバースト!』


 温度が消えた。


 燃え盛っていた火の海が、音を立てて凍結する。

 熱も、炎も、運動すらも停止させる冷気。


 白銀の嵐の中心に、氷の女神が降り立つ。


 長い髪は氷晶の糸。

 肌は白く、触れれば魂ごと凍りつく。


 だが、その表情は慈悲に満ちていた。

 破壊のための冷気ではない。

 終わらせるための静寂。


 女神が指先を動かすと、空間に霜が走る。

 


『セクステット・ブレイク・イフリート・イグニス・デストラクション!』


 炎が吼える。


 凍結した床を内側から溶かし、赤黒い炎が噴き上がる。

 それは熱ではない。憎悪と滅びの意志だ。


 炎の中から、炎の魔人が立ち上がる。


 角を持つ巨躯。

 全身は業火で構成され、形すら定まらない。

 存在するだけで、周囲の理が焼き切れていく。


 その瞳は、ただ一つの答えしか持たない。

 ――焼き尽くせ。


 そして――

 最後の術式陣が、静かに回転を止めた。


 音が、消える。

 雷鳴も、氷結音も、爆炎の咆哮も、すべてが遠ざかり、戦場は不自然なまでの静寂に包まれた。


 結乃は、はっきりと宣言する。


『――セクステット・ブレイク・アマテラス・ジャッジメント・オブ・ルクス!!』


 その瞬間、光が生まれた。


 白でも、金でもない。

 あらゆる色を内包しながら、なお純粋である“裁定の光”。


 崩れ落ちた天井の向こう、夜空そのものが裂け、

 そこから、ゆっくりと光が降りてくる。


 熱はない。

 圧もない。

 それなのに、存在するだけで、すべてが正されていく。


 炎は暴力を失い、

 雷は怒りを鎮め、

 氷は静かな秩序へと変わる。


 光の中心に、神が立っていた。


 人の形をしていながら、人ではない。

 輪郭は光で描かれ、顔立ちは曖昧で、それでも確かに“見られている”と感じさせる存在。


 その瞳が開いた瞬間、世界は理解する。


 これは、守護ではない。

 救済でもない。


 裁きだ。


 善悪を量らず、

 正義を掲げず、

 ただ――世界にとって“不要な歪み”を照らし出す光。


 神が一歩、前に出る。


 床は壊れない。

 瓦礫も砕けない。

 それでも、その一歩だけで、戦場の“意味”が変わった。


 影が、消える。

 偽りが、剥がれる。

 術理も、リネアも、神話でさえ、等しく光の下に晒される。


 光の神は、声を発さない。

 だが、確かに告げていた。


 ――ここに至った覚悟を、示せ。


 久我結乃は、魔法使いとして、

 人として、

 そしてこの世界の一部として――


 光の下に、立ち続けていた。


 人が顕現させし古代の神々が、現在の理を司る理のエルネアへと、真っ向から戦いを挑んでいる。

 本来なら交わるはずのない存在同士。人の手によって呼び出された神話の力が、世界そのものを管理する理へと刃を向けているのだ。


 衝突するエネルギーは、もはや計測不能。

 術式理論も、観測装置も、数値化という概念すら意味を失っていた。今この瞬間も、空間は不規則に歪み、光はありえない角度で屈折し、視界の奥行きが崩れていく。


 上下の感覚は曖昧になり、距離という概念も信用できない。

 まるで世界そのものが、正しい形を保つことを放棄し始めているかのようだった。


 これは戦いではない。

 理と神話、管理と自由、固定と逸脱――

 そのすべてがぶつかり合う、世界の根幹を揺るがす瞬間だった。



「――ううううううううううううううううううう!!!!!」



 結乃が、喉を裂くように叫んだ。

 術理核が、焼けている。焦げつき、今にも崩れ落ちそうなほどに熱い。身体の内側から灼かれ、意識が白く弾けそうになる。それでも――これくらいしなければ、リネアには対抗できない。



「……くううううううううううううううう!!!!!」



 隣で、エウラもまた苦悶の声を上げていた。

 人外の存在であるはずの彼女ですら、この出力は常軌を逸している。無茶だとわかっていても、引くことはできない。


 だが、その必死さとは無縁に、藍はただ二人を見つめていた。


「いいぞ……!」


 歓喜に満ちた声が響く。


「その可能性だ! その可能性こそが、人類が人類の歴史を取り戻す力となる!」


 両腕を広げ、叫ぶ。


「その可能性を――私に見せてみろ!」


 そして、名を呼んだ。



「「守律アイオーンの魔法使い、久我結乃!」」



「「賦律ハイペリオンの魔法使い、エウラ!」」



「――お前たちの可能性を、見せてくれ!!」


 叫びは、世界の歪みの中へと、まっすぐに叩き込まれた。



無為……


停――――――――――――――――


――――――――――――――――――流――――――――――――――――――!!!



 次の瞬間、神々のエネルギーと、すべてを飲み込むブラックホールのエネルギーが正面から激突した。

 光は引き裂かれ、闇は圧縮され、重力すら進む向きを失う。

 拮抗した二つの力が互いを噛み砕き、世界は悲鳴を上げた。



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