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弁護士は、現代社会に生きる、辛い過去を持つ魔女達を自己犠牲も問わず救いたい。  作者: れさ
第4章 旅先で待つもの

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――第16話 白い世界での別れ――

これは、夢なのだろうか。

それとも――これが、死後の世界なのだろうか。


祈は、真っ白な空間にいた。

白、としか言いようのない場所。色がないのではない。最初から、色という概念そのものが存在していないような、そんな白さだった。


ここは、どこ?

問いかけても、答えは返らない。


下も、上もない。

右も、左も分からない。

立っているのか、浮いているのか、それすら曖昧で、身体の重さという感覚が、どこかへ置き去りにされていた。ただ、意識だけが、ぽつんと宙に浮かんでいる。


音もない。

風もない。

時間が流れているのかどうかさえ、分からない。


そんな不思議な空間の中に、一人。

それだけで、胸の奥が、じわじわと心細さに侵されていく。


……私は、死んだのだろうか。


その考えは、唐突に浮かび、驚くほど静かに受け入れられた。恐怖はない。ただ、現実を確認するような、淡々とした感覚だった。あの痛みも、熱も、息苦しさも、すべて遠くに置き去りにされている。


真神様は、大丈夫なのだろうか。

結乃様は。

エウラちゃんは。


思考は、自然と、残してきた人たちへ向かっていく。ここにいる自分の安否よりも、あちらの世界にいる人たちのことが、気になって仕方がない。あの地下駐車場での光景が、途切れ途切れに脳裏をよぎる。


私は――約束を、守れなかった。


旦那様と奥様に託された、あの言葉。

結乃様のことを、守ってほしい。

あれは命令ではなく、願いだった。


その願いに応えるために、ここまで生きてきた。

仕えることも、戦うことも、傷つくことも、すべてそのためだった。それなのに、結果はどうだろう。自分は倒れ、結乃様の未来を、最後まで見届けることすらできなかった。


もう、守ることはできない。


胸の奥が、きゅっと縮む。

後悔が、遅れて押し寄せてくる。


すみませんでした。

その言葉だけが、何度も心の中で繰り返された。


もし、旦那様にお会いできたなら。

その時は、ちゃんと、頭を下げて、そう言おう。約束を果たせなかったことを、謝ろう。それ以外に、言える言葉はない。


そう思った、その瞬間――。


白一色だった世界に、

わずかな“違和感”が、生まれた。


空間のどこかが、歪んだ気がした。

音のないはずの場所に、かすかな気配が、混じった。


まるで、

誰かが、こちらへ歩いてきているかのように。


祈は、息をする必要のないはずの場所で、思わず息を呑んだ。

その気配から、目を逸らすことができない。


そして、白の向こう側から――

何かが、こちらへ近づいてきていた。


祈。

その名を呼ぶ声が、確かに聞こえた。


それは、間違えようのない声だった。

祈が守りたいと、あの笑顔を守りたいと、何度も何度も心の中で誓ってきた相手の声。


「……っ」


息を呑み、祈は思わず振り返った。


「結乃様……!」


白い空間の中に、彼女は立っていた。

いつもと変わらない姿で、いつもと変わらない柔らかな表情で。


「祈、会いに来たわよ」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が強く締めつけられ、祈は泣きそうになった。

まさか。

まさか――結乃様も、ここへ来てしまったのだろうか。


私は、死んでしまっただけではなかった。

守ると誓った人を、守れなかった。

その現実が、遅れて心に突き刺さる。


結乃様を守れなかった。

その自責の念で、胸がいっぱいになる。


「結乃様……私は……」


そう言おうとした、その瞬間。


「いいのよ、祈」


結乃は、遮るように、けれどとても優しい声で言った。


「覚えている? あなたと私が出会った頃の話」


その問いかけに、祈は小さく頷く。


「あなた、人形みたいだったわ。感情がなくて、正直、ちょっと怖かった」


「……覚えています」


祈は、少しだけ微笑んだ。


「結乃様は、毎日のように私を外へ遊びに連れて行こうとして……そのたびに、旦那様に怒られておいででした」


「う……それは……謝るわ」


結乃は、気まずそうに視線を逸らす。


「でもね」


すぐに、真っ直ぐ祈を見つめて、続けた。


「今でも、同じよ」


「……え?」


「今でも私は、あなたを“外”へ連れ出したいと思ってる」


祈は、言葉を失った。


「術理士だからって、女の子の幸せを奪うつもりなんて、私にはないわ」


結乃は、少しだけ寂しそうに笑う。


「お父さんもお母さんも、いなくなった今だからこそ……もう、あなたは自由でいいんじゃないかしら」


白い空間に、その言葉が静かに染み込んでいく。


「……そう、かもしれませんね」


祈は、ゆっくりと答えた。


「もう叶わない願いかもしれませんが……もし生まれ変わったら、神様に頼んで、そういう幸せを願うことにいたします」


それを聞いた結乃は、少し目を見開き、そして呆れたように息を吐いた。


「……なに言ってるのよ、祈」


その声は、叱るようでいて、どこまでも温かかった。


「……久我家は、もうないわ。あなたはもう自由なの。分かる?」


その言葉に、祈は小さく首を振った。


「でも……私は死んでしまって、もう生を願うことなんてできません」


「馬鹿ね」


結乃は、呆れたように、けれど優しく言った。


「あなたのそばには、誰がいるの?」


問いかけるように、しかし答えは最初から決まっている声で続ける。


「先生よ。今まで何度も奇跡を起こしてきた人。私の世界で一番大好きな人。世界で一番大切な人」


胸の奥が、きゅっと鳴った。


「その人が、今あなたを救おうと必死になっているのよ。あなたには未来があるの。無限の未来が」


「……結乃様?」


その瞬間、祈は違和感に気づいた。

まるで――まるで、結乃が祈に遺言を残そうとしているような、そんな気配。

あの日の旦那様のように。

あの日、このスティレットを託された日のように。


胸の奥に、嫌な予感が、静かに広がっていった。


「祈、先生のこと、頼むわ」


結乃は、少し困ったように笑いながら言った。


「私はもう、先生のそばにいられないから。私の代わりに、先生を幸せにしてあげて。私の代わりに、先生を愛してあげて」


祈は、言葉を失ったまま、ただ首を振ることしかできない。


「他の女はいや。それは絶対よ」


冗談めかした口調なのに、その瞳は真剣だった。


「あなたなら許せるの。先生を任せられる。エウラに負けないで、水野に負けないで……どこの誰かも分からない女に負けないで」


一つひとつの言葉が、胸に深く沈んでいく。


「それが、私からあなたへの最後のお願い」


結乃は、そっと祈の肩に触れるような仕草をして、続けた。


「――それと、祈。幸せにね」


その声は、別れを告げるには、あまりにも優しかった。


「いや……結乃様、いやです……」


声が震え、言葉にならないまま零れ落ちる。


「そんな……今生の別れみたいな言い方、しないでください。どういうことなんですか……?」


祈は、涙を堪えることができなかった。

止めようとしても、溢れてくる。視界が滲み、結乃の姿が揺れる。


いやだ。

結乃様とは、姉妹のように過ごしてきた。いつも前を歩いて、手を引いてくれた人。祈にとっては、姉であり、妹でもある、不思議な存在だった。その結乃様が、今、遠くへ行こうとしている。それも、二度と届かないほど、はるか遠くへ。


いやだ。

いやだ、いやだ、いやだ。


拒むように首を振っても、結乃はただ、穏やかに微笑んだ。


「じゃあね。愛しているわ、祈」


その言葉を最後に、

祈の視界は、真っ白に染まった。


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