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弁護士は、現代社会に暮らす、悲しみを抱いた魔女達を救いたい  作者: れさ
第一章 世界の裏側に触れた日

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――第10話 調査――


「これからどうすればいい? 普通に日常生活を送ったら、次こそ殺されるのかな?」


 声に出した瞬間、喉の奥がひりついた。

 昨夜の記憶――ランに襲われ、意識が暗転したあの瞬間が、いまだ瞼の裏にじっとりと貼り付いている。


 仕事のミスで命を奪われることはない。

 だが、結乃のいる世界では、そんな常識は通用しないらしい。


 悠斗の問いに、結乃は少し考えるような仕草を見せた。

 そして、静かに右手を上げる。

 その掌の上に、赤く輝く宝石がふわりと浮かんだ。


「こちらをどうぞ」


「……ルビーか?」


「スターライトと呼ばれる宝石です。地球のものではありませんが……久我家の秘術が込められています。

 これを持つ限り、リネア使いですら手出しはできません」


 宝石は小さい。だが、脈打つような光を放ち、まるで生きているかのようだった。

 触れてもいないのに、じんわりと温かい気配が伝わってくる。


 ただの宝石ではない。

 命綱のようなものだ――そう直感するには十分だった。

 だが、その瞬間。


「結乃様!

 それは結乃様ご自身を守るための守護石です!」


 祈が珍しく声を荒げ、結乃の腕を掴んだ。


「真神様が心配なのは理解しますが……それでは結乃様の御身が!」


 普段の祈は冷静で、感情を表に出すことはあまりない。

 その彼女がここまで取り乱すのを、悠斗は初めてみた。

 よほど大切な代物なのだろう。


 だが、結乃は祈の必死さを、穏やかな微笑みで受け止めた。

 そして、そっと祈の手に自分の手を重ねる。


「いいの、祈。私は私を守る術を、他にも持っているわ」


「しかし……!」


 祈の声は震えていた。

 “守護石”という言葉の重みが、その声から否応なく伝わってくる。

 悠斗は、二人の張り詰めた空気に割って入るように、静かに首を横に振った。


「結乃の護身具は受け取れないよ。

 ランの狙いは結乃だ。僕がそれを持ったら、かえってランの思うつぼだろ」


 結乃は一瞬だけ、ほんのわずかに残念そうな表情を浮かべた。

 だが、それもすぐに引き締められる。


「……では、こちらを」


 そう言って、結乃は新たな宝石を取り出した。

 先ほどのものより小ぶりで、青白い光がゆっくりと脈打っている。


「転移術理が込められた宝石です。

 屋敷と繋げてあります。危険を感じたら、すぐに使ってください」


 結乃自身の命に直結するような代物ではないらしい。

 それでも、ただの装飾品ではないことは、一目でわかった。


「ありがとう。これは受け取るよ」


 宝石を受け取った瞬間、指先にひんやりとした感触が広がり、それはすぐに、じんわりとした温かさへと変わった。

 結乃は、宝石から視線を離さない悠斗を見つめ、 真剣な眼差しのまま、さらに言葉を続けた。


「あと……先生には、屋敷で生活していただきたいです」


「え?」


 あまりに突然の提案に、思わず素っ頓狂な声が漏れた。

 結乃は視線を落とし、ほんの少し息を整えてから言葉を続ける。


「これは、本当は初日からお伝えしようと思っていました。

 先生のお住まいには、障壁がありません。

 ランは、必ずまた動きます」


 一拍置いて、結乃は顔を上げた。


「危険な場所に、先生を一人で置いておくわけにはいきません」


 祈も無言でうなずく。

 その表情はいつもの冷静さに戻っていたが、目だけが鋭く光っていた。


 ――屋敷に住む。


 その言葉と同時に、記憶が蘇る。

 ランに拷問されたときの、指先に残る感触。

 骨の奥まで染み込んだ恐怖。

 あれは、一度で十分だった。


 胸の奥に溜め込んでいた息を、ゆっくりと吐き出す。

 諦め半分、覚悟半分で、悠斗は小さく笑った。


「……まあ、それは仕方ないな。

 わかったよ。これからよろしく頼む」


 結乃は肩の力を抜き、大きく安堵の息をついた。


「はい。よろしくお願いします、先生」


 その笑顔は柔らかく、どこか救われるような優しさを帯びていた。

 ふと、胸元で転移の宝石が、小さく光を放つ。

 まるで、新しい生活の始まりを告げるかのように。


 “普通の生活”は、この日終わりを告げた。

 一件の依頼が、人生を変えてしまったのだ。

 術理、リネア、そして久我家。


 昨日まで無縁だった世界が、すでに悠斗の背後に深く影を落としている。

 逃げ道は――

 もう、どこにもなかった。


※※※※※


――翌日の朝――


 朝起きてスマホを確認すると、着信履歴が大量に溜まっていた。

 親、友達、顧問先の会社、顧客、大家――そして、警察署。


(……まあ、一週間も連絡なしで行方をくらませてたら、こうなるよな)


 気を失い、久我家で保護されていた時間は、現実世界では完全に「失踪」扱いだ。


 その日の午前中、悠斗は警察署に出向く羽目になった。


 事情聴取室に通され、刑事二人に向かい合う。

 囲まれている、という感覚のほうが正確だった。

 悠斗は、できるだけ表情を崩さないよう努めた。


 ――もっとも、崩さなくても十分に“崩れている”自覚はある。

 目は赤黒く濁り、爪は黒ずみ、髪は白く変色している。

 顔の右側には、稲妻のような亀裂が走っていた。


(……この見た目で街中を歩いてるだけでも、通報レベルだよな)


 刑事たちも、悠斗の顔を見るなり、明らかに動揺を隠せなくなった。


「真神さん……本当に、その……どのような事件に遭われたんですか?」


「ええ、まあ……少し記憶があいまいでして。

 詳しく説明するのが、難しいんです」


 本当のこと――

 “リネア使いに拷問されました”

 などと言えるはずもない。


 悠斗は、のらりくらりと言葉を濁し続けた。


 刑事たちは当初こそ詳しい聞き取りを試みた。

 しかし悠斗の傷の異様さを前に、次第に深入りを避けるようになっていった。

 医者に診てもらったのかと問われても、『治療中です』と答えれば、それ以上の追及はなかった。


(……テレビに映ったら終わるな)


 そう思った悠斗は、退席の許可が出た瞬間、逃げるように警察署を後にした。

 

※※※※※


 一週間の無断欠勤に等しい状況で、何事もなかったかのように仕事へ戻るわけにはいかない。

 そもそも、この状態で業務を続けられるはずもなかった。

 だが、辞めるにしても社会人として最低限の挨拶と説明は必要だ。


 ――しかも、この見た目である。

 最初はマスクと帽子で誤魔化そうとした。

 だが、赤黒く濁った目は隠しきれず、爪の黒ずみも不気味さを隠そうとしない。


(まあ……これなら、誰も引き留めないだろ)


 そう思って訪ねたのだが――予想は、あっさり裏切られた。

 弁護士会の担当者は、悠斗の顔を見るなり椅子を倒す勢いで立ち上がった。


「ま、真神先生!?

 な、なにがあったんですか……その……お顔……!」


「事件に巻き込まれまして。怪我もありますし、しばらく仕事は難しそうです」


「そ、それは……大変でしたね……!」


 一週間仕事を空けたことへの叱責は、まったくなかった。

 それどころか、『命が助かってよかった』と、目を潤ませられる始末だ。


 顧問先の会社でも、反応は同じだった。

 顔を見た瞬間、誰もが言葉を失い、心配の言葉ばかりを向けてくる。


 大家に至っては、泣きながら悠斗の荷物整理を手伝ってくれた。


「真神さん……こんなになるまで……」


 人の優しさが、胸に刺さる。

 拒むことも、言い返すこともできないまま。

 こうして、アパートの退去手続きは午前中のうちに終わった。


※※※※※


 最後に向かったのは、結乃が通う学校だった。


『先生の件は、学校には私が連絡しておきます』


 そう言われれば、甘えることもできた。

 だが、それを他人任せにするのは違う気がした。

 見た目がどうであれ、ここも自分の足で行くべきだ。


 そう判断して、悠斗は校門をくぐった。

 門前で待っていた鈴原は、悠斗の顔を見るなり、息を呑んだ。


 赤黒く濁った目。白く変色した髪。右頬を走る亀裂。

 それでも彼は、驚きよりも先に、心配を前に出してくれた。


「……そのお顔……。

 一体、どれほど大変な事件だったのでしょう」


 鈴原はそう言ってから、悠斗の話を静かに聞いた。

 途中で口を挟むこともなく、ただ何度か小さくうなずくだけだった。


「後見人の件、承知いたしました。

 しばらくご実家で療養されるとのこと……どうか、お体を大切になさってください」


 最後にそう告げて、柔らかく微笑む。


※※※※※


 すべての挨拶と手続きが終わったころには、すでに昼を回っていた。

 しかし、結乃の屋敷へ戻る前に、どうしても確かめておきたいことがあった。


 結乃が口にした“術理”、そして“リネア使い”。

 昨日まで、それらは完全に異世界の言葉だった。

 だが今は、はっきりと自分の現実に食い込んでいる。


(現実世界のどこかに、何かしらの記録は残っているはずだ)


 術理による事件が、そのまま公表されるとは思えない。

 統計上は「不可解な事故」や「原因不明の現象」として処理されている可能性が高い。

 ならば、痕跡はどこかにあるはずだ。


 悠斗は国営図書館へ向かった。


 明治期以降の怪異記録、未解決事件の資料、古文書までを網羅する特別な施設だ。

 仕事で調査に訪れたことはあるが、こんな目的で利用するのは初めてだった。

 端末席に腰を下ろし、思いつく限りのキーワードを打ち込んでいく。


 「術理」

 「リネア」

 「原因不明災害」

 「未解決事件」


 表示された資料を片っ端から開き、紙の束を積み上げ、目を走らせる。

 出てくるのは、オカルト研究者の論文、都市伝説のまとめ、陰陽道から派生した宗教団体の資料――

 そんなものばかりだった。


(……まあ、まともに見つかるわけないよな)


 そう思いながらも、手は止めなかった。


 検索条件を変え、年代を絞り、分類をずらす。

 そして――

 ある資料のタイトルに、ふと視線が引っかかった。


 その記事は、黄ばんだ新聞紙をスキャンしたデータだった。

 年代は――1880年。


 『三十年前の奇怪な生物

  六メートル超の巨大怪物の謎に迫る』


 タイトルだけを見れば、ありがちなUMA(未確認生物)の記事だ。

 だが、どこか引っかかるものがあった。

 読み進めると、当時の目撃者の証言が記されている。


 ――海から裂け目のような光が走り、

 ――その中から、異形の影が現れた。


 正直胡散臭い。しかしなぜか無視できない。


 さらに、別の記事が目に入った。

 日付は2015年。

 ――たった10年前だ。

 『ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州レムシャイトにて

  火山性ガスが突発的に噴出。

  住民は全員救助され命に別状なし。

  ただし、全員が意識不明の重体』


(……は?)


 読み間違いかと思い、何度も画面を見返した。

 州全域の住民、”全員”が意識不明。


 そんな事態が起こるはずがない。

 火山性ガスなら被害は局所的だ。


 影響が州全体に及ぶなど、あり得ない。

 しかも、原因は――“特定されず”。


 当時、少しだけ話題になった記憶はある。

 だが、ここまで異常な事件だっただろうか。


(結乃が言っていた“リネア使いの災厄”と……関係がある?)


 背筋が、じわりと冷えていく。

 この事件だけではなかった。


 検索結果により、


 説明のつかない災害

 集団失踪

 突発的な気象異常――


 術理、あるいはリネアの関与を疑うべき出来事が、いくつか並んでいた。

 だが、どれも決定打に欠ける。

 記述は曖昧で、核心に触れる部分だけが、巧妙に抜け落ちている。


(……意図的に隠されている?)


 そんな考えが、静かに脳裏をよぎった。

 気がつくと、資料を広げた机の上は紙で埋め尽くされていた。

 目は乾き、喉もひりつくように渇いている。


 ふと時計を見る。

 ――20時を回っていた。


「……ずいぶん長居したな。帰らないと、結乃がうるさい」


 自嘲気味に呟きながら、資料をまとめる。

 最後に、1880年の記事と2015年の記事のコピーを取り、バッグにしまった。


 立ち上がった、その瞬間。

 背中をなぞるように、ひやりとした冷気が走った。


 書架の向こう――

 誰かに、見られている。

 そんな感覚が、はっきりとあった。


 だが、振り返っても誰もいない。

 さきほどまで散らばっていた利用者の姿もなく、館内はすでに無人だった。


 静寂。


 空調の微かな音だけが、やけに大きく耳に残る。


(……早く戻ろう)


 悠斗は足早に館内を後にした。


 自動ドアが閉まる。

 その直後、図書館の影の奥で――


 “何か”が、確かに揺れたような気がした。

 だが、悠斗はそれを気のせいだと、自分に言い聞かせた。


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