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弁護士は、現代社会に暮らす、悲しみを抱いた魔女達を、自己犠牲も問わず、救いたい  作者: れさ
第一章 世界の裏側に触れた日

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――第1話 喧噪の中の訪問者――

―――私は最後の最後に幸せをもらった。最高の「ギフト」だったよ。ありがとね。私の人生は幸せでした。数えきれないほどの死の後には救いがあるのね。――――

2025年11月28日 金曜日 10:31 

岩海県上賀市いわみけん かみがし


雑居ビルの三階にある

弁護士・真神悠斗まがみ ゆうとの事務所は、

街の喧騒とは裏腹に静かな空気をまとっていた。


開業から3年。

25歳で独立して、穏やかな日常が流れている。


ドアの向こうで、チリン、と場違いなほど軽いベルの音が鳴った。


「すみませーん。」


若い少女の声だ。


(女の子の声?)


受付に向かうと、

そこに立っていたのは、


制服姿の少女。


(……高校生。どこかで会ったことが…。)


思わず戸惑う。


「えっと……どうされました?」


彼女は一歩中に入り、扉を閉めてから、こちらに向き直る。


両手を胸の前にそろえ、

学生鞄を抱えるように持ったまま、

背筋を伸ばして深く一礼した。


黒髪はきちんと整えられ、

肩に触れるか触れないかの位置でまっすぐに揃えられている。

癖のないその髪は、派手さとは無縁だが、日々大切に扱われてきたことだけは一目で分かった。


顔を上げたときに覗いた黒い瞳は、

礼節を宿していて、

初対面の相手に向ける距離の取り方を、

すでに心得ているようだった。


少女はぺこりと頭を下げ、少し緊張した声で言った。


「相談したいことがあって来ました。」


弁護士に相談しに来た高校生――

開業三年目にして初めてのケース。


ここを訪れた理由が、単なる相談ではないことだけは、伝わってきた。


「そうですか。では、お話を伺いましょう。こちらへどうぞ。」


悠斗は少女を応接室へ案内する。


飲み物は……高校生だから、紅茶にしよう。

アールグレイを選び、湯気の立つカップとクッキーをテーブルへ置く。


「紅茶、飲めますか?」


少女はこくりと頷き、ほのかに目を輝かせた。


「はい。家でもよく飲みます。この香り、アールグレイですよね?」


「お若いのに、ずいぶん詳しいんですね。僕も紅茶が好きでして、色々取り寄せているんですよ。この前も、いい茶葉が——」


言いかけて、悠斗ははっと口を閉じた。


「……あ、すみません。ご相談でしたね」


軽く咳払いをして、背もたれに預けていた体を起こす。


悠斗は紅茶好きで、

気に入った茶葉があれば産地を問わず取り寄せてしまう。


最近では、アンティークのティーカップや銀のシュガートングまで集め始めていて、気を抜くと話題がそちらへ流れてしまう。


少女はくすくすと笑ったあと、

一度深く息を吸い、

まっすぐな瞳で告げた。


「私の両親が……父と母が、亡くなりました」


呼吸を整えてから、彼女は続ける。


「先生には、その……相続の手続きと、財産の管理をお願いしたいんです」


ーー高校生で両親を失う。


この年齢にはあまりに重い。

普通なら、泣き出しても不思議ではないはずだ。

それでも彼女は、学生鞄を両手で抱えたまま、きちんと背筋を伸ばして座っている。


先ほどまでの紅茶の話題にも、彼女は柔らかく微笑んで応じていた。


取り繕った愛想ではない。

自然な振る舞いだった。


——強い子なのだろう。


悠斗は感情を顔に出さず、静かに頷いた。


「それは……大変でしたね。……それで、相続手続きはわかりますが、財産の管理とは?」


少女は小さく唇を噛んだ。


「私は両親を亡くして、後見人もいません。未成年だと後見制度があると聞きました。そこで──先生に、後見人になってほしいんです。」


「……僕に?」


あまりに唐突すぎて、悠斗は瞬きをした。


「未成年後見制度……。ですか、頼れる親族は……?」


「いません」


少女は、即答だった。


「私の家系は……相続人が、常に一人になるようにしているらしくて。親族も……たぶん、いません。そこも、調べていただけたら」


——妙な話だ。


悠斗は内心で、そう呟いた。


普通なら、まず役所に相談する。

事件性があれば警察、生活の問題なら福祉窓口。


それに、"相続人は常に一人"


(一体、どういう家系なのだろう…)


悠斗は表情を変えないまま、ペン先を止めた。


彼女は、"最初"に弁護士事務所を訪ねてきた。

紹介状もなく、付き添いの大人もいない。

その選択は、この年齢の少女が自然に辿り着くものではない。


——違和感を感じる。


だが、悠斗は目の前の少女から視線を外さなかった。


両手で学生鞄を抱え、背筋を伸ばして座るその姿は、

助けを求めているようにも見える。


ーー理由はどうあれ、ここまで来たのだ。


この少女を、事情が分からないからという理由で追い返すことなど、できなかった。


「どうして僕なんです? 役所でも相談できますし、事件性があるなら警察も……」


少女はほんの一瞬、柔らかく微笑んだ。


「事件にはなりませんでした。相談窓口に行く必要も…ありません」


一息置いてから、彼女は続けた。


「それに──私は、最初から先生にお願いしたいと思っていました。一度、先生の講義を拝聴したことがありますし……何度か、セミナーにも両親と一緒に参加させていただきました」


事件にはならなかった。


だが、相談窓口に行く必要もないというのは、どういうことだろう。

未成年が両親を亡くし、なおかつ事件性がないとなれば、行政や福祉の関与があって然るべきだ。

それが不要だと言い切れるのは一体…。


——そのとき。


(セミナー?)


悠斗は一瞬、目を見開き、改めて少女の顔を見つめる。


整えられた黒髪、落ち着いた物腰、どこかで見た記憶。

曖昧だった記憶が、一気に呼び起こされる。


「もしかして——久我さん?

 久我結乃くがゆのさんですか?」


思わず声が裏返りそうになるのを、ぎりぎりで抑える。


「あ、ああ……びっくりしました。確かに、見覚えがありますね」


思わずこめかみに指を当て、記憶をたどる。

一年ほど前のセミナー会場の光景がふっと蘇ってきた。


「ああ……思い出しました」


悠斗は、記憶の奥を手繰るように視線を宙に泳がせてから、ゆっくりと頷いた。


「岩海県立聖嶺高等学校の生徒さんですよね。学校で後見制度を紹介した講義のあと、ご両親が興味を持ってくださって……いくつかのセミナーにも顔を出してくれた」


言葉を選びながら、確かめるように続ける。


「若い子が来るのは珍しかったから、印象に残ってます」


当時、両親の影に隠れて、会場の後方で静かに話を聞いていた少女の姿が、ようやく鮮明によみがえった。


質問をするわけでもなく、騒ぐこともない。

ただ、最後まで背筋を伸ばして座っていたあの子だ。

いつもマスクをしていたし、会話自体はしたこと無かったはずだが…


「……そうですか」


そして、事実を整理するように、静かに口にした。


「では、正義さんと成子さんは……亡くなられたんですね」


感情を込めすぎない、しかし軽くもない言い方だった。

それは確認であり、知っている人の行く末を、受け止めた言い方だった。


久我ご夫婦は、真面目な人たちだった。


こちらの説明に対しても、その場で分かったふりをすることはなく、何度も手を挙げては、納得がいくまで深く質問を重ねてきた。

特に印象に残っているのは、まだ若いにもかかわらず、"自分たちが死んだ後のこと"を、ごく自然な話題として口にしていたことだ。

縁起でもないと笑って済ませることもできただろうに、二人は一度も話を逸らさなかった。

そして実際に、いくつかの依頼を正式に進めることになった。


——備える、というよりも。

自分たちの死後に、残される者へ、責任を果たそうとしていたように思える。


まさか、こんな形で一人娘と向き合うことになるとは、想像もしなかった。


結乃は一度、視線を落とした。


感情が声に滲まないように、言葉を選び直してから、静かに続きを口にする。


「私の家系は……祖父も祖母も、早くに亡くなっています」


結乃はそう前置きしてから、視線を落とし、続けた。


「両親も……覚悟していたんだと思います。でも……」


言葉を選ぶ間が、ほんの一瞬あった。


「思っていたよりも早く亡くなってしまって。準備が、すべて整っていなくて……」


淡々とした口調だった。


「……そ、そうでしたか」


悠斗は短く相槌を打ち、

それ以上はすぐに言葉を重ねなかった。


——この現代日本で、高校生の娘を持つ親が、

自分たちの死を前提に準備をするだろうか。


病気、という可能性はまず浮かぶ。

だが、"両親とも"という点が、どうしても引っかかる。


同じ時期に亡くなったのか。

それとも、ほぼ同時に。


事故か。

あるいは——。


"事件性"、という言葉が脳裏をかすめる。

正直なところ、この案件は、踏み込みすぎれば危うい領域に足を踏み入れる可能性がある。


だが悠斗は、その考えを表情には出さなかった。

今、目の前にいるのは疑うべき存在ではない。

助けを求めてきた、未成年の依頼人だ。


彼は一度、ペンを置き、慎重に言葉を選ぶ。


静かに息を吸い、専門家としての顔に戻って説明する。


「守秘義務がありますが……娘さんである結乃さんには、お伝えします」


悠斗はそう前置きしてから、静かに言葉を続けた。


「ご両親は、相続に関する準備をすでに進めていました。遺言書も、公正証書として完成しています。財産の相続手続きについては、法的には問題ありません」


事務的な説明だが、声の調子は淡々としすぎないよう抑えられている。


「ただ──」


「後見人の選任については、まだ事前の申立てがされていませんでした。今から手続きを行う場合、最終的に後見人を決めるのは家庭裁判所になります」


視線を結乃に向けたまま、慎重に続ける。


「結乃さんが、仮に僕を希望されたとしても……別の方が選任される可能性があります。専門職後見人や、第三者が指定されることも珍しくありません」


一呼吸置いて、確認するように問いかけた。


「それでも、この点については——ご承知いただけますか?」


拒絶ではない。

だが、希望どおりには進まないかもしれないという現実を、正確に伝えるための言葉だった。


結乃は、不安げに眉を寄せた。


「……そういうことも、あるんですね」


結乃は一度だけ視線を落とし、ほんの短い沈黙を置いた。


「でも……私は、先生になってほしいです」


声は小さいが、はっきりと悠斗がいいと言った。

可能性は受け止めたうえで、それでも選びたい、という言い方だった。


——なるほど。


悠斗は内心で、静かに頷く。

見知らぬ誰かに、両親が遺した財産の管理を委ねる。

それは、大人であっても容易に受け入れられることではない。


ましてや彼女は、まだ高校生だ。

突然現れた第三者よりも、顔を知っている相手——

講義で声を聞き、セミナーで姿を見て、少しでも知っている人間を選びたいと思うのは、自然な感情だろう。


彼女が指名しているのは、悠斗個人というよりも、

"知らない誰かではない"という一点だろう。


悠斗はその重さを、軽く受け止めるつもりはなかった。

この依頼は、手続きだけで終わる話ではない。


彼はペンを指先で転がしながら、次に口にする言葉を慎重に選んだ。


「お気持ちは、十分伝わりました」


悠斗はそう言って、ゆっくりと頷いた。


「できる限り、僕が後見人に就任できるよう、手を尽くします」


一瞬、結乃は言葉を失ったように瞬きをする。

次の瞬間、その表情がぱっと明るくなった。


「……本当ですか?」


思わず身を乗り出し、すぐに姿勢を正す。


「ありがとうございます、先生」


胸の前で両手をきゅっと握りしめる仕草は、これまで抑えてきた不安が、ほんの少しだけ緩くなったようだった。


悠斗は小さく微笑み、続ける。


「ご依頼、引き受けます。ただ——」


言葉を区切り、あらためて事務的な調子に戻す。


「ここから先の手続きは、少し複雑になります。ですから……順を追って、説明しますね」


結乃は深く頷き、真剣な眼差しで彼を見つめた。


こうして悠斗は、少女の依頼を引き受けることになる。

彼女が悠斗の元へ来た理由。悠斗を選んだ理由。

それが、単なる依頼ではなく、彼自身の"不幸"と"贖罪"の始まりでもあった。

しかし、それは"誰か"にとっては"救い"の始まりである。


この時点では、知る由も無い。


お読みいただきありがとうございます!


【読者の皆様へのお願い】

少しでも面白いと思って頂けたら、ブックマークや評価をぜひお願いします!


評価はページ下部の↓【☆☆☆☆☆】をタップすると付けることができます。


ポイントを頂けるとやる気がモリモリ湧いてくるのです・・・!

これからも面白い物語を提供していきたいと思います、よろしくお願い致します!

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