心に効くくすり
お姉ちゃんが「元気だしなさい!」って、自分の可愛いパジャマを貸してくれた。
最初は恥ずかしかったけど、ふわふわのパジャマと温かいホットミルクで、なんだか心までポカポカしてきたみたい。
僕の元気、少しだけ戻ってきたよ。
水面のつぼみ
「お風呂入ってくるね。」 気持ちが軽くなった玲央は、すっと立って自分の部屋のクローゼットから着替えを準備している。
服を脱いでお風呂に入る。簡単に体を洗ってお湯に体を沈めると、ふう、と長い息がもれる。
玲央は、お湯の中でゆらめく自分の体を、少しだけ照れくさいような、不思議な気持ちで眺めた。
ふわふわした白い肌。肩から腕にかけての、柔らかな曲線。細くて小さな指先は、白魚のように頼りなげ。
そして、一番気になるのは、心臓のすぐ上の胸のふくらみ。
まだささやかで、けれど確かな存在感を放つ柔らかなふくらみは、玲央が呼吸をするたびに、水面に合わせてかすかに揺れる。かわいくみえる自分の一部に、胸がきゅんとして、愛おしいような、切ないような気持ちになる。大切にしなきゃという愛しい気持ちが沸き上がる。
そんなことを考えながら、甘い花の香りのするシャンプーで髪を洗い、柔らかな泡でそっと肌をなでる。自分の体を、こんなにも慈しむように洗うのは以前にはなかったことだった。
湯船から上がり、鏡の前に立つと、湯気でほんのり上気した桃色の頬と、潤んだ瞳の自分がいた。タオルで体を拭く手つきも、どこかまだぎこちない。それでも、鏡の中の少女は、玲央が今まで見たどんな自分よりも、可憐に見えた。
「さ、パジャマ着て、髪乾かさなきゃ」
まだ少しふわふわとした頭で、玲央は脱衣所の棚に手を伸ばした。いつも自分が置いている場所に、たたんでおいたはずの、着慣れたパジャマがない。
代わりにあるのは、ふんわりとしたフリルと小さなリボンがついた、明らかに自分のものではない、可愛すぎるピンク色のパジャマだった。
「え……?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。見間違いかと思って目をこすり、もう一度見る。でも、そこにあるのは、やっぱり見覚えのない、おひめさま用って感じのパジャマだけ。
「おかあさーん!玲央のパジャマ、用意してたはずなんだけど、ないよー!」
困惑した玲央の声が、湯気の残る空間に響き渡った。
お風呂の向こう側で
玲央がお風呂に入ろうとしている頃に戻る。リビングでは、お母さんとお姉ちゃんが二人きりで静かに話していた。
「玲央、少し元気になってよかったよね」 お姉ちゃんの言葉に、お母さんも「そうね」と穏やかに応じる。
「でもさ」とお姉ちゃんは続けた。
「玲央って、あんなひどい言い方されたのに、まず自分の悪いところを探そうとしてたよね。それって、すっごいことだと思うけど、ちょっと心配になっちゃうな」
「あら、でもあの子のそういう優しいところ、きっとクラスのみんなにも分かってもらえるわよ。小学校の時だって、男女の分け隔てなく、みんなと仲良くしてたじゃない。中学校でも、早くそんな関係に戻れるといいんだけど……。女の子の嫉妬とかは、ちょっと大変かもしれないわね」 お母さんの言葉に、お姉ちゃんは深く頷く。
「玲央って、無自覚っていうか……まあ、仕方ないんだけど、今まで男の子の視点しか持ってなかったわけだしね。うまくやっていってほしいよね、ほんと」
「美咲はいい子ね。玲央のこと、ほんとうにちゃんと考えてくれてるのね」 お母さんの言葉に、お姉ちゃんは少し照れたように笑った。
「だって、かわいすぎるんだもん、玲央。女の子になったら、もっとすごくそう感じるようになったの。これからいっぱい一緒にいろんなことしたいなって、楽しみすぎるんだから」
そう言うと、お姉ちゃんは何かを思いついたように立ち上がった。
「玲央がお風呂からあがったらさ、あいつがほっとすること、してあげたいよね。何がいいかなぁ」 独り言のようにつぶやきながら、お姉ちゃんは自分の部屋へと戻っていった。お母さんは、そんな娘の後ろ姿を、慈しみに満ちた目で見送っていた。
お姉ちゃんのサプライズ
しばらくして、玲央がお風呂から上がった。
「おかあさーん!玲央のパジャマ、ここに用意してたはずなんだけど、ないよー!代わりに違うのあるんだけど……僕の、どこ~?」
脱衣所から、困惑した声が響く。お母さんも事情が分からず、「玲央、お母さん、どういうことか分からないんだけど」と入り口で首を傾げていると、ひょっこりとお姉ちゃんが現れた。
「あ、それね。玲央のパジャマ、まだ男の子の時のやつでしょ?だから、お姉ちゃんのおさがりで悪いけど、女の子用に交換しといたよ」
「えーーっ!お姉ちゃんのじゃ、やだよ!すごくかわいすぎるんだもん!まだ男の子用のでいいよ、戻してー!」 玲央の抗議に、お姉ちゃんは「まあまあ」と笑ってなだめる。
「だまされたと思って着てみてよ。もうそれ、お姉ちゃん着てないし、ちゃんと洗濯したてで綺麗なんだから」
「…………」
玲央は返事をしなかったが、やがて観念したように、しばらくするとお姉ちゃんのおさがりのパジャマを着て、もじもじと出てきた。パール
のような光沢のある、ドレスみたいなパジャマは、玲央の華奢な体をきれいに縁取った。
「やっぱり!めっちゃかわいいじゃん!私が着てた時より、レベチで似合ってる!」 お姉ちゃんが、目を輝かせて絶賛する。玲央は、頬を赤く染めて恥ずかしそうにしている。
「……そうなの?」
「ええ、とっても似合うわ、玲央」お母さんもにこやかに言う。「ほら、ホットミルク淹れてあるから。こっちに来て、少しゆっくりしていきなさい」
リビングへ向かう途中、廊下の全身鏡に姿を映して、さらに肩を前にして背中まで確認して微笑んでいる。玲央はさりげなくしているつもりだが、お姉ちゃんはもちろん見逃さない。
「れーお。かわいい奴めー!」
「わっ!」
お姉ちゃんは、玲央の後ろから近づくと、洗いたてのふわふわの髪を愛情込めてくしゅくしゅとかき混ぜた。
「えー?な、何すんの」
「今、鏡見て、うっとりしてたでしょ」
「そ、そんなことないもん!」 真っ赤になって反論する玲央の腕を掴み、お姉ちゃんはそのままリビングへと連行する。
心が溶けていく時間
玲央は、お母さんが用意してくれた温かいホットミルクのカップを、両手で包むように持って、ふーふーと冷ましながら一口飲んだ。その姿を、お母さんもお姉ちゃんも、愛おしくてたまらないという目で見つめている。
「……なに?」
二人のあまりにも強い視線に耐えられなくなって、玲央が聞く。すると、お姉ちゃんが満足そうに言った。
「萌え袖……。ふふっ、やっぱり私の見立てに狂いはなかったわ」
玲央は意味があんまり分からなかったが、からかわれていることだけは感じ取って、「むー」とでも言いたげな顔になる。すると、お姉ちゃんが少しだけ真面目な声で言った。
「玲央、少し元気でたね。かわいいパジャマ着るとさ、ちょっとだけ気持ちが弾むでしょ?それって、女の子にとってはすごく大切なことなんだよ。これからは、そういうのも楽しんでね」
「まあ、お姉ちゃん!良いこと言うじゃない」 お母さんが感心したようにお姉ちゃんを褒めるものだから、玲央はもう多勢に無勢で、こくりと頷くしかなかった。
「そ、そうなんだね。……分かった」
でも、温かいホットミルクが、心まで温めてくれるようだった。お母さんとおねえちゃんの優しい眼差しに包まれて、今日一日の辛かった出来事が、軽くなっていくのを感じる。
一日目の登校の疲れもあって、その夜、玲央はぐっすりと眠った。




