中学校一日目の朝
今日から、ほんとうに中学校生活が始まるんだ。
お姉ちゃんが「女の子デビューだから!」って、僕の髪や服をいっぱい可愛くしてくれたけど…。
悠斗にいつものみたいに抱きついたら、なんだかすごく固まってた。あれ、どうしてだろう…?
ドレッサー前の攻防
翌朝、玲央はまだ薄暗いうちから目を覚ました。お姉ちゃんが起きてきてドレッサーを占領する前に、少しでも「女の子」の練習をしておきたかったから。
鏡の前のスツールにちょこんと座り、自分の顔をじっと見つめる。
(早く髪、伸びないかなぁ……)
男の子の時からのショートカットは、まだ首筋がすっきり見えるくらいの長さしかない。恨めしそうに自分の毛先を指でつまんでいると、不意に鏡の中に、にんまりと笑うお姉ちゃんの顔が映り込んだ。
「ひゃっ!?」 玲央は驚いて、さっとスツールから立ち上がろうとする。だが、それより早く、お姉ちゃんの手が玲央の両肩をがっしりと押さえた。「えっ。」
「お姉ちゃん、使うんでしょ。いいよ、僕あんまりすることないから」 恥ずかしそうにそう言う玲央に、お姉ちゃんは首を横に振った。
「いえいえ、玲央が使って。今日からの学校生活、最初が肝心よ。今日がほんとうの女の子デビューなんだから、昨日以上にかわいくしなきゃ」
その言葉に、玲央は背筋が凍る思いがした。
「こ、校則あるし、お化粧とかダメだし!構わないでってば」 スツールにぐい、と押し付けられた体は、抵抗もできずに固まってしまう。
(どうなっちゃうんだろう……)不安に震える玲央のことなどお構いなしに、お姉ちゃんは玲央のセーラー服の裾をちらっとめくった。
「ん?ちゃんと可愛いキャミつけてるじゃん。玲央やるね。こんなかわいいの持ってたんだ」
「こ、これは、学校に着てっても大丈夫ってお母さんが選んでくれたの!からかうんだったら、本当にほっといてってば!」
「はいはい。でもこれ、玲央のこと本当に可愛く見せるわよ。体育の時の着替えとかで、きっと評判になるね」
「あ……!」
その一言に、二人で同時に顔を見合わせた。
(体育の着替え……どうするんだろう)
玲央は急いでリビングへ行き、お母さんに確認する。時間割を見ると、明日は早速、体育の授業があった。
「確かに……それは考えてなかったわね」 お母さんは少しだけ腕を組んで考えてから、言った。
「先生に相談してみないとね。玲央、自分で先生に話せる?」
「うん。今日、聞いてみる」 玲央は、こくりと頷いた。
変わらない玲央と、固まる悠斗
朝の一件で少しだけ胸の奥に小さな石が乗っかったような気分だったが、それを上回る楽しみな気持ちで、玲央は元気に家を出た。
自分のクラスである1年3組の教室に入ると、窓際の席に座る見慣れた後ろ姿が、真っ先に目に飛び込んできた。
「悠斗ー!」 玲央はぶんぶんと手を振りながら、彼の席に近づいていく。悠斗は振り返り、少しだけ顔が赤くなっているのを隠すように、ぶっきらぼうに言った。
「お、玲央。同じクラスだもんな。よろしくな」
男の子だった頃と何も変わらない、その挨拶。玲央はそれがたまらなく嬉しかった。
「悠斗ー!」 喜びのあまり、玲央は座っている悠斗の背中に、後ろからぎゅっと抱きついた。
途端に、悠斗の体がカチン、と固まるのが分かった。
「何、悠斗。はずかしがってんの?」 玲央は、けろりとした顔で小首を傾げる。
「僕、なんにも変わらないよ。これまで通り、よろしくね」
その言葉が、今の悠斗にとってどれほど残酷なものなのか、玲央はまだ、知る由もなかった。




