それぞれの後悔
保健室のベッド、冷たいな…。
僕が止めに入らなければ、こんなことにならなかったのかな。僕のせいだ…。
悠斗も、藤沢くんも、今ごろどうしてるんだろう。
みんな、すごくつらい思いをしてるよね…。ごめんなさい…。
保健室の静寂
保健室の白いベッドに、玲央は静かに横たわっていた。
消毒液のツンとした匂いが鼻をつく。養護の先生が、切れた唇の端を優しく消毒してくれるたびに、ピリッとした痛みが走り、玲央は小さく肩を震わせた。
「はい、終わりですよ。少し腫れるかもしれないから、これで冷やしておきましょうね」
先生は、ガーゼで包んだ保冷剤を、赤くなり始めた玲央の頬にそっと当ててくれた。その冷たさが、じんじんと熱を持つ頬には心地よかった。
涙は、もう出てこなかった。
ただ、頭の中では、何度も何度も同じ光景が再生されている。悠斗の怒りの表情。藤沢君の憎しみの瞳。そして、自分のせいでめちゃくちゃになってしまった、クラスの空気。
(僕のせいだ……。僕が、いなければ……)
罪悪感が、冷たい鉄の塊のように、玲央の胸を押しつぶしていく。
「玲央ちゃん……」
ベッドのそばの椅子に座っていた木綿花が、心配そうに玲央の手を握る。その隣で、彩花も黙って、潤んだ瞳で玲央を見つめていた。
「玲央ちゃんのせいじゃないよ。絶対、違うから」 木綿花の優しい声が、保健室の静寂に響く。でも、その言葉は、玲央の心には届かなかった。
「ううん……僕が、悠斗を止められなかったから……僕が、二人の間に入っちゃったから……」
「それは違うよ!」 木綿花は、声を強める。
「玲央ちゃんは、悠斗君を止めようとしただけでしょ。誰も悪くないって言ったら嘘になるけど、玲央ちゃんだけは、何も悪くない!」 その必死の言葉に、玲央はただ、ぎゅっと目を閉じることしかできなかった。
職員室の重い空気
一方、職員室の一角にある生徒指導用の小さなテーブルでは、重たい沈黙が支配していた。村山先生の前に、悠斗と藤沢が、少し距離をあけて座っている。二人とも、俯いたまま、顔を上げようとしない。
「……何があったのか、最初から話してくれるか。まずは、野々村から」
村山先生の静かな声に、悠斗はゆっくりと顔を上げた。その目には、後悔と、まだ消えない怒りの色が混じっていた。
「……藤沢が、玲央に馴れ馴れしく声を掛けてきたのが、始まりです」
悠斗は、数週間前の出来事から、今日に至るまでの経緯を、詳細に話し始めた。藤沢が玲央を「狙っている」と品のない言い方をしたこと。そして今日、自分が玲央を守ろうとしたら、藤沢が耳元で、あまりにも下劣で、玲央を物のように扱う言葉を囁いたこと。
「……それを聞いて、頭に血が上りました。こいつは、玲央のことを、ただ自分の好きにしたいだけなんだって……。玲央が、こいつのせいで傷つけられるのが、許せなかったんです」
先生は、黙って悠斗の話を聞き終えると、今度は藤沢に視線を移した。
「藤沢。野々村の言ったことは、本当か」
「……はい」
藤沢は、消え入りそうな声で認めた。
「なんで、そんなことを言ったんだ」
「……野々村と、水沢が、いつも一緒にいるのが、ムカついたから……です」
藤沢は、ぽつり、ぽつりと自分の気持ちを語り始めた。玲央が女の子になってから、クラスの中心にいるように見えたこと。自分も仲良くなりたいのに、悠斗がいつもそばにいて、まるでガードしているように見えたこと。
「だから……野々村を挑発するようなことを言えば、何か反応があるかと思って……。あんな、汚いことを言ったのは……最低でした。でも、まさか、殴られるとは思ってなくて……」 そして、藤沢の声が、震えた。
「……水沢を、殴るつもりなんて、全くなくて……。あいつが、倒れた時……頭が、真っ白になって……」
村山先生は、二人から視線を外し、深くため息をついた。
原因は、子供じみた嫉妬と、歪んだ独占欲。そして、親友を守りたいという、暴走してしまった正義感。
どちらの言い分も、理解はできる。だが、どんな理由があろうとも、暴力は決して許されることではない。そして、その結果、一番大切なはずの玲央を、深く傷つけてしまった。
「……二人とも、自分が何をしたか、よく考えろ」 先生の、低く、重い声が、職員室に響いた。
「処分については、後日、校長先生も交えて話をする。今日は、双方の保護者の方に連絡する。……いいな」
「「はい……」」 二人の、力ない返事が、重たい空気に溶けて消えていった。




