空は青く澄み渡って
すっごく緊張したけど、僕、田中さんと田代さんに話しかけてみたんだ。
「僕のこと、もっと知ってほしい」って。
そしたらね…。ドキドキしながら重ねた三つの手。ここから何かが始まる、そんな気がしたんだ。
作戦会議と、最初の一歩
昼休み。生徒の姿もまばらな教室で、玲央はどうやって田中さんと田代さんに話しかけようか、何を最初に言えばいいのかな、と一人で作戦会議を始めていた。
(『この前のことなんだけど』って切り出す?いや、重たいかな。『今日、いい天気だね』から?ううん、不自然すぎる……)
いろんなことが頭に浮かび、ごちゃごちゃになってくる。玲央は、ぶんぶんと頭を振った。
(あー、もう!難しく考えすぎだ。ただ、おしゃべりしたいなっていう気持ちだけで十分だよね)
そう思うと、不思議と覚悟が決まった。玲央はすっと席を立ち、えいっとばかり美優の席へ向かった。
「田中さん。僕、ちょっと話したいことがあるんだけど」
声をかけると、机の整理をしていた美優は、少しだけ面倒くさそうに、でもきちんとこちらを向いてくれた。
「……何?」
「あのね。こないだのことなんだけど、僕、田中さんの気持ちが分かる気がしたんだ。職員室ですれ違ったよね。あのあと、村山先生に言われたんだ。『知らないことって、不安になる気持ち、わかるかな』って」
「……何が言いたいの?」
美優のぶっきらぼうな口調に、玲央は少しだけたじろぐ。でも、ここで引いちゃだめだ。玲央は、精一杯の微笑みでつづけた。
「ごめん。それでね、その時から今まで、実はずっと、田中さんや田代さんとおしゃべりして、お互いのこと、知り合えたらいいなって思ってたんだ。今こうやって話すこともそうだけど、もっとゆっくり、いろんなこと」 美優が、近くにいた環を肘でつつく。「環、ちょっと」
「なにしてるの?」と近づいてきた環に、美優は玲央を見ながら話す。
「水沢さんがさ、おしゃべりしたいって来たんだけど」
「うん。そうなんだ」玲央は、環にも向き直って、もう一度言った。「お互いのこと、もっと知り合えたらって思ってるんだ」
重なり合った三つの手
美優も環も、この数日、玲央がクラスのみんなと和気あいあいと話している姿を見ていた。玲央に対する最初の「気持ち悪い」という感覚は、いつの間にか気にならなくなっていることに、二人自身も気づいていた。
玲央は、少しだけ期待を込めて提案してみる。
「ねえ、どうかな?お互いにいろいろ、好きなものとか、情報交換してみて、また来週ぐらいに、しっかりお話しするっていうのは」
「……別に、いいけど」 美優が、ぽつりとそう言った。環も、こくりと頷いた。
「良かった!」玲央はぱあっと表情を輝かせた。「僕も、頑張るね」
「何を?」と二人が不思議そうに返すので、玲央は嬉しそうに答えた。
「できるだけたくさん、僕のこと知ってもらって、良かったら仲良くなりたいなってこと!あと、田中さんと田代さんの、心配な気持ちを減らせるように頑張る!」
その言葉に、二人の険しかった表情が、ふっと緩んだ。それを見た玲央は、さらに続ける。
「わたし、もうそんなに心配してないから。……だから、前に言ったこと、取り消す。……ごめん」 美優が、小さな声でそう言った。
「わたしも、そうかな。でも、水沢さんが言ってくれたみたいに、これからいろいろおしゃべりしていけばいいよね。……あ、月曜日のこと、ごめん」 環も、それに続いた。
「えーーっ!うれしいなー!わーい!」 玲央は、満面の笑みになった。そして、とんでもないことを思いつく。
「じゃあ、三人で手を握るとかでも、大丈夫?」
「「えっ」」
一瞬固まった二人だったが、やがて「……いいよ」と言って、おそるおそる手を差し出した。三つの手が、ぎこちなく重なり合ったところで、ちょっとした沈黙が流れる。そして、「これ、何?」。誰からともなく、くすくすと笑い声がもれた。やがてそれは、三人一緒の、楽しそうな笑い声に変わった。
「よかった。入学式の後のときみたいに、僕のこと、すっごく心配してるままなんだと思ってたから。……じゃあ、『気持ち悪い』のも、減ったってこと?」 玲央が尋ねると、美優は少し呆れたように言った。
「全然。減ったっていうか、もう全然気持ち悪くない。環もだよね?」
「うん。わたしも。っていうか、普通に水沢さん、かわいいしね」
「そっかー!じゃあ、ちょっと取り越し苦労だったんだー!」 玲央がいたずらっぽく返すと、また三人できゃらきゃらと笑い合った。
みんなで遊ぼう!
「水沢さん、あのさ」美優が、改まって口を開く。「私、やっぱりちゃんとおわびしたいんだよね、この前のこと」
「えっ、もうそんなこといいよ!」
「ねっ。わたしも同じ気持ち。……よかったら、あした一緒に遊ばない?」 環からの、思いがけないお誘いだった。
「うっ……!すっごく嬉しいけど、ごめんね!土曜日は、木綿花ちゃんと彩花ちゃんと遊ぶ約束がもうあって……。あっ、でも、ちょっと待って!」 玲央の頭の中に、ひとつのアイデアが閃いた。
(もしかして、みんなで一緒なら、もっと楽しいんじゃないかな?木綿花ちゃんたちも、美優たちが謝ってくれたって知ったら、きっと分かってくれるはず……!)
玲央は、美優と環に向き直った。
「あのね、もしよかったらなんだけど……木綿花ちゃんたちも一緒に、みんなで遊ぶっていうのは、どうかな?」
その提案に、美優と環は一瞬、戸惑った顔を見せた。「え、でも七瀬さん、私たちのこと怒ってるんじゃ……」
玲央はすぐに木綿花と彩花の元へ走り、事情を話した。二人は最初こそ驚いていたが、「玲央ちゃんがそうしたいなら!」「二人が謝ってくれたなら、私たちも会ってみたいかな」と、最後は快く受け入れてくれた。
放課後、玲央は木綿花と彩花と一緒に、明日のみんなでの計画をわくわくしながら話して帰った。胸のつかえはすっかり取れて、空はどこまでも青く澄み渡って見えた。




