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サジタリウス未来商会と「貸し出される人生」

夕暮れの図書館は静まり返っていた。

小高い丘の上に建つその建物は、街の歴史を語るかのように古めかしい趣を持っていた。


館内の片隅で、若い男が膝に書類の束を抱えて座っている。

彼の名前は佐伯翔平、28歳。


新興IT企業で働く彼は、将来への不安に苛まれていた。


「このまま今の仕事を続けていて、本当に意味があるんだろうか……」


職場では次々と昇進を決める同僚たち。

SNSでは、学生時代の友人が海外で成功を収めた話題。


翔平は、自分だけがどこにも向かわず漂っているような感覚を抱いていた。


「人生の目標が見つからない……」


書類を机に置き、ぼんやりと本棚を眺めていると、ふと目に留まるものがあった。


それは、ひっそりと並ぶ木製の小さな扉だった。

扉の上には金属製のプレートが貼られ、こう刻まれている。


「サジタリウス未来商会:特別貸出室」


「……こんなの、あったっけ?」


興味を引かれた翔平は、扉を開けてみた。


中に入ると、そこには屋台のようなカウンターがあり、白髪交じりの髪と長い顎ひげを持つ初老の男が座っていた。

男は、翔平が入ってくるのを見て微笑みを浮かべた。


「ようこそ、佐伯翔平さん」


翔平は驚いた。


「俺の名前を知っているんですか?」


「もちろん。ここを訪れる方のことはすべて分かっています。そして、あなたが抱える迷いも」


「俺の迷い……?」


男――ドクトル・サジタリウスは、カウンターの下から奇妙な装置を取り出した。


それは、古びた革製のノートに似ているが、表紙には透明なスクリーンがついていた。


「これは『貸し出される人生』です」


「貸し出される……人生?」


「ええ。この装置を使えば、あなたが別の人生を体験できます。他人の立場や状況に身を置くことで、あなた自身の人生をどう考えるべきか、新たな視点が得られるかもしれません」


翔平は目を丸くした。


「そんなことが本当にできるんですか?」


「もちろん。ただし、注意が必要です。貸し出された人生はあくまで一時的なものです。戻った時にどう感じるかは、あなた次第ですよ」


翔平は迷った末に、装置を使ってみることを決めた。


装置のスイッチを押すと、スクリーンに光が広がり、次の瞬間、翔平は見知らぬ場所に立っていた。


そこは、活気あるマーケットの中心地だった。

自分が着ている服は、カジュアルなTシャツとジーンズ。


「これは……俺が、海外で起業している人生?」


彼は驚いた。

周囲の人々に囲まれながら、自信満々に商談を進める自分の姿が映っている。


だが、次第にその生活の裏側が見え始めた。


成功の裏には、激しい競争と孤独があった。

何度も失敗に苦しみ、誰にも頼れない夜が続く。


「これが成功の裏側なのか……」


装置が切り替わり、次に翔平が体験したのは、地方で農業を営む人生だった。


田園風景の中で、太陽の下、穏やかな生活を送っている自分。


「これも悪くないかもしれない……」


だが、現実には、収入の不安や自然災害のリスクとの戦いがあった。


「どんな人生にも、楽しい面と厳しい面があるんだな……」


翔平は何度も装置を試し、様々な人生を体験した。

それぞれに違う成功と苦労があり、一つとして「完璧な人生」はなかった。


体験を終えて現実に戻った翔平は、ふと深呼吸をした。


「俺が望んでいたものは、どこにでもあるわけじゃない……」


再び特別貸出室に戻り、サジタリウスに問いかけた。


「ドクトル・サジタリウス、いろんな人生を体験しました。でも、どれも一長一短で、結局自分の人生と向き合うしかない気がしました」


サジタリウスは穏やかに微笑んだ。


「それが分かったなら、装置は必要ありませんね。他人の人生を借りることができても、本当に大切なのは、あなた自身の人生をどう活かすかですから」


翔平はしばらく考え込み、静かに頷いた。


それからというもの、翔平は日々の仕事に少しずつ工夫を加え始めた。


職場での企画に自分のアイデアを盛り込み、仲間との交流を積極的に楽しむようになった。


ある日、同僚が言った。


「佐伯くん、最近すごくいいアイデアを出すようになったね!」


翔平は少し照れながら答えた。


「誰かの人生を借りるより、自分の人生を面白くする方が楽しいからね」


サジタリウスは、図書館の奥で新たな客を迎える準備をしながら、どこか満足げに微笑んでいた。


【完】

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