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転生モブ令嬢は、学園乙女ゲームに参加したくない・7

レイノルド・シモンズは『ゲーム』でいうサブ攻略対象の一人だ。

メイン攻略対象は金髪碧眼の王子で、王道ヒーローという感じ。明朗快活で文武両道、絵に描いたような『王子様』。権力欲も無く「国のために我が身を捧げたい」という表現が、特に政治的なあれこれを厭う『乙女』にはウケるのだろう。

その彼に対して、他の攻略対象は敢えて少し『外して』ある。

知性派枠はインテリ眼鏡の宰相次男。銀髪と薄い緑の瞳で線が細く体力はないが学業成績は優秀。

魔術師は腹黒ショタの黒髪紫目。年下のやんちゃな弟、に見えるしそう振る舞っている。

チャラ男系の侯爵令息は、赤毛の長髪琥珀の瞳と如何にも遊んでそうな外見だが、状況判断力が高い。

そしてレイノルドは真面目な騎士枠。藁色の短髪と暗い緑の瞳、鍛えた細マッチョ。口数少なく常に一歩引いて控えている。

学年が一つ上ということもあって大人びた寡黙なキャラクター、というのがゲーム内の印象だったが。実際はいうべき言葉をうまく自分で操れない口下手さが際立っている。

「いや、その……あの、君たちも知っていると思うが……」

「何のことですの、存じ上げませんわ」

ゲームの中では、レイノルドは「物理的に」頼れる存在だ。刺客を退け、暴れ馬を制し、暴走する馬車からヒロインを救い出す。それはまさにヒーローというにふさわしい頼り甲斐のある存在なのだが。

少なくとも、現在の平和な学園では些かぽんこつ感が拭えない。適材適所というか、オーバースペック過ぎて使いどころがなかった。

そしてその分、果てしなく口下手でコミュニケーションが取れない。

なんとかかんとか彼の話を聞き出すには相当の労力と時間がかかった。結構な時間と根気で聞き出したその話も、正直なところその労力に見合ったものとは思えない。

「……恐縮ではございますが、シモンズ伯爵令息。今になってそのようにおっしゃられても、わたくし共ではどうしようもございませんわ」

要領を得ない彼の話を簡単に言えば、チェルシーとの婚約は間違いだったので、それを解消してマリエルと婚約を結びなおしたいと。それを彼の母が望んでいる、ということらしい。

はっきり言えば彼とチェルシーとの婚約がなくなるのはほぼ間違いない。学園で謹慎を食らうほど荒れていた彼女に、そのことを持ち出して解消を迫るのは難しくはないだろう。フォジョン子爵家も、それを拒めるほどの力はもうないはずだ。しかしだからといってマリエルが彼と婚約を結ぶ意義はない。

彼もしくはシモンズ伯爵家が何らかの利益を、マリエルの養父母である辺境伯に提示できれば或いは、という話だろうか。少なくとも、マリエル個人が決める話ではないし、その意思もない。

だが、相手はそうは思っていないようで。

「だが、どうか考えてくれないだろうか、マリエル嬢」

「現状では考慮に値しません」

訴えかける様子は真摯だが、マリエルとしても対応のしようがない。政略結婚に納得しているのもあるし、実父の行いのおかげで恋愛結婚には嫌悪の念が強い。

レイノルドの言いたいことがわからない訳ではないが、自分がそれに応じる意味もない。そしてレイノルドの場合、その訴えかけも自分の言葉ではなくて誰かに言われたことをそっくりそのままマリエルに伝えているだけのような印象があった。

「恐縮ですが、シモンズ卿。私には自身の婚約を決める権限はありませんし、そのつもりはありません。そういうご希望なら、我が家の養父母にお話をいただければと」

マリエル個人としては、レイノルドに恋愛的な意味の興味はない。そもそも自身は政略結婚が必要な身分と認識しているので、一時の情熱に溺れるタイプでもないし、先のない関係はむしろ虚しく感じてしまう。

そして、実を言えば。相対しているレイノルドも、真摯ではあるがそこに情熱は感じない。自分の果たすべき義務として、婚約を申し込んでいるような印象だ。

おそらくそれは、彼の母親からの指示なのだろう。

彼の母、シモンズ伯爵夫人は後妻でマリエルの母の古い友人だった。母が病気で倒れたと同じ頃、自分のもめごとがあって彼女を見舞えなかったこと、その逝去も長く知らなかったことを気に病んでいるらしい。辺境伯家にも、何度となく謝罪の連絡は入っていた。

だが辺境伯側も、最初はともかくそれ以降は不要と断っているのにとにかくしつこく連絡してくる。どうもある程度精神の均衡を欠いているのではないか、というのが辺境伯側(こちら)の見立てだ。要は罪悪感や不本意な形で集約した自分の事情もあって、『赦される』ということに固執しているのでは、と。もめごとのせいで、実家も没落して頼れないそうで、何かしらの拠り所を求めている、というのもあるだろう。焦りのあまり、フォジョン子爵家と婚約を結んで余計に事態を悪化させてしまった。今は、その失態を取り戻そうと一層焦っているのだろう。

大変だろうとは思うが、そこへ巻き込まれるのはごめんこうむりたい。


元々語彙が多くないのだろう、説得の言葉も尽きたレイノルドに丁重な挨拶をしてマリエルは友人と共にやっとのことで退出した。とてもとても、無駄な時間を過ごしてしまった。

「フローラ様、スザンナ様。お付き合いいただいてありがとうございました」

精神的には疲労困憊、といったところだが。

付き合ってくれた友人にはきちんと詫びを入れる。と、相手は互いの顔を見合わせて苦笑した。

「いえ、お気遣いなく」

「シモンズ卿も、何と言いますか……あまりに周囲が見えてらっしゃらないようで」

苦笑のまま軽く会釈するフローラに対し、スザンナは呆れた顔を隠さない。

「騎士としては、腕も立つし信頼のおける人物なのですが」

自身、女性騎士となるべく鍛錬に励んでいるフローラからはそう評されるが。

「騎士としてはともかく、貴族としては失格でございましょう」

対照的にスザンナはすっぱり切り捨てて退ける。

まあどちらの言うことも間違ってはいない。レイノルドに騎士としての技量や心構えが備わっていることも、貴族としての認識や振る舞いが身についていないことも、どちらも事実だ。

本来彼は、家の継承とは縁遠い三男としてあくまで騎士として育てられた。その意味では、自身の剣術やある程度の人数を率いて戦う戦術など、きちんと身につけていると評価されている。だから逆に言えば政略結婚する必要もなかったのだ。

継ぐべき爵位のない貴族令息が騎士になるのはよくあることだ。だがもちろん適性もある。増して騎士ははっきり言って肉体労働者、甘やかされて育ったおぼっちゃまでは使い物にならないことも珍しくない。(向かない人間には、王宮や領地の文官になる道もある)

三男のレイノルドも、そうするべきだったのだが。後妻で、彼しか子のいない母親が変な風に張り切ってしまった。嫁ぎ先の状況も弁えない、不見識な振る舞いだったがその結果としてフォジョン子爵家との婚約を結び、却って事態を悪化させた。さすがに夫である伯爵からも叱責されたそうだが、やってしまったことは取り消せない。相手も悪かった。

幸か不幸か、フォジョン家の問題が知れ渡ることで、レイノルド母子にも同情が寄せられるようにはなったが。逆に言えば、あんな地雷案件に関わっている人間には近寄りたくない、と思う者も一定数はいる。

マリエルもどちらかと言えばそっちの考えだが。何故か、レイノルド(もしくは彼の母)は彼女に固執しているらしい。


レイノルドとの会話内容は、その日のうちに養父母である辺境伯に連絡した。距離があるので即時とはいかないものの、魔道具を使えばやりとりは可能だ。だがその返信によれば、シモンズ家からは既に婚約の申込がきているという。もちろん辺境伯側は、『現在の婚約があるのに、そんな話は受け入れられない』と断っている。明らかに順序がおかしい。

きちんと婚約を解消してから申込ならまだしも、その前の勇み足は褒められたものではない。

「そういう、考えの浅いところのあるお嬢さんだったわね」

しみじみのたまうのはマリエルには伯母にあたる夫人だ。辺境領で子爵夫人として、なかなか多忙に過ごしているが、他の用件もあるからと王都に訪ねてきた。領地の伯父や養父母(祖父母)から、言付かったこともいろいろあるという。

マリエルの死んだ母の名はアネッタという。派手な美人ではないが堅実かつ真面目な性格で、山っ気の強いフォジョン子爵を抑え、家を良く盛り立てた。

彼女が存命の間は、怪しげな詐欺や投機にも手を出さないでいたフォジョン子爵。だが、アネッタ夫人が亡くなった途端あちこちでその手の人間につなぎをとり、マリエルが祖父母に引き取られる頃には既に投機を再開していたらしい。

しかし祖父曰く「笑えるほど才能がない」そうで、それらにつぎ込んだ金は溶けて流れるがごとく。最終的には屋敷が抵当に入るほど困窮したらしい。

その辺りで、借金の相手が裏稼業の世界になったようで、要はそうした後ろ暗い立場の者たちの隠れ蓑にされているのが子爵家の現状。

伯母は母とは年齢が離れていて、母の結婚が決まった頃には既に家を出ていた。逆に学生の頃はある程度知っている。

彼女によれば、母アネッタはレイノルドの母であるニーナとはかなり親しい友人だった。ただ年上の伯母から見れば、ニーナは甘やかされた子どもっぽい令嬢で、アネッタにも甘えかかるタイプだったらしい。

「アネッタは面倒見が良かったから。まああの娘の方は、そこまで恩義に感じてはいなかったでしょうけど」

当時からその交友関係には物申したいところがあったらしいが、それでも学園卒業と同時に付き合いもなくなったようで、敢えて放置していたそうだ。母アネッタは子爵家を興し、ニーナは伯爵家とはいえ後妻に入って、それぞれ付き合いの範囲も離れ。特に後妻のニーナはあまり社交に出ることもなくなっていた。

その結果として、友人(本人に言わせれば『親友』)の死も知らずにいたことを悔やんでおり、今も気に病んでいるのだという。嘘ではなかろうが、それにこちらが付き合う義理もないと伯母はいうし、養父母たちも同じ意見だ。マリエル自身も同意する。

ただ、レイノルドの方がそうはいかないのにも理解は示せる。母親が自分の先行きを案じて手配した婚約が失敗で、新しく乗り換えなくては、と頑張っているのを止めるのは難しいだろう。本来ならばそれは当主の、父親のやることではないかと思うが。

他所の家のことはマリエルだって知ったことではない。(一部関係ある例外を除く)だがしかし、レイノルドのシモンズ家も、ちょっと問題はあるのだろうな、とは思っている。

「騎士団長もね、腕は立つそうなのだけれど、政治がわかっているとはいえないお人のようなので」

伯母も実は同じ認識らしい。

「ただ、それはうちから口を出すこともないでしょう。マリエルも気にしなくていいのよ」

「はい……」

「こちらからは、婚約は受け入れられないことだけ通告しておきます。あとはあなた自身が動く必要もないわ」

「ありがとうございます、伯母さま」

保護者の意見をしっかり教えてもらったことは、マリエルにとって大きな安心材料になった。



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