転生モブ令嬢は、辺境の地で忙しい・2
マリエルもライラの、ひいて言えばその上、伯父や祖父の考えもわかってはいるつもりだ。
優秀な傭兵団を、できれば丸ごと領地に抱え込みたい、そのために手っ取り早いのは彼らが領地の人間と結婚すること。それもできれば一市民ではなく、統治者側の人間相手が望ましい。その意味で一番適役なのが、マリエル自身ということだ。
元々マリエルも、レイノルドとは面識がある。あまり親しくしていたわけでは無いが、それでも同じ時期に学園に通い言葉を交わしたこともある。
その程度の付き合いさえない相手でも、政略結婚ならあり得るし、そんなものだろう、と思う。
結婚は生まれ落ちた身分の義務としか認識していない彼女にとって、あまり重要視するものではない。生理的に無理な相手ではないし、理不尽に横暴なタイプでもなければ、それで十分。
「マリエル様は、それで良いのですか?」
エリザは心配そうに問うが、マリエルは苦笑で返す。
「あなたには心配をかけるわ」
「いえ、そんな……」
エリザはマリエルの子守として子爵家に入ってからずっとついてくれていた。学園に通っている間もタウンハウスを守ってくれていて、休暇には迎えてくれ。ほとんど家族同然に時を過ごしてきた。
もちろん、レイノルドとその実家、およびマリエルの異母姉のこともよく承知している。それでも良いのか、という彼女の危惧も理解はするが自分の身で考えてみるとそこまで気にならない、のが正直なところ。
「悪い人ではないのよ。……学生時代はむしろ、ご実家の……御母堂に問題があったのでしょうね」
元々はその彼の母が、マリエルの実母の友人だったというが。当時の母の実家でも、『良い友人』とは見なされていなかったらしい。
容姿は可愛らしいが、マナーや勉学は足りず令嬢たちの中でも浮いていたとか。振る舞いも貴族令嬢としては行き届かず、他の者からは距離を置かれていた。
本人は高位貴族の令息を狙っていたが、その状態の彼女を相手にする人間はおらず、結局学園卒業後に後妻の口を得たという。
後は自分の息子が爵位を継げないから、どこか良い婿入り先がないと大分焦って行動した結果が良くなかったのだと、その先はマリエルもエリザも知っている話だ。レイノルドが家を出た後、彼女も修道院かどこかへ入れられたと聞く。
母がその人とどの程度親しかったかはマリエルも知らない。母の結婚前からの侍女に言わせれば、『お嬢様が優しいのをいいことに、つきまとっていた』という状態だったらしいが。特に厳しいことを言わなかったのだとすれば、そもそもさして相手に関心がなかった可能性もある。
母は、貴族としての立ち位置をきちんと理解している人だった。マリエルにも優しかったが、成すべきことを明確に指示し、難しければ継続・反復で対策しようとする、努力の人だった。
逆に言えば努力しない者、己の成すべきを果たさない者に対しては気を配ることさえ無駄、と認識していた気配がある。
言ってしまえばマリエルの実父がそういう人だった。両親はマリエルの記憶の限り、冷めた夫婦で。使用人のほとんどは母の味方だったので、父は遊び歩いて滅多に屋敷に戻ることもなかった。そのこと、或いは父自身について母が何か言ったことは、マリエルが覚えている限りは無い。自分が子爵家を維持してゆけば良い、と判断していたのだろう。かつまさか自分が娘を遺して死ぬとは思っていなかったに違いない。
父とその愛人だったルーシーも、母とは真反対の性格だった。今楽しければ良い、責任や義務は無視して権利を享受するのに忙しく、周囲に迷惑をかけても気にしない。自分たち以外の存在など、眼中にもなかったきらいがある。それでも外聞を取り繕うことはできていたから、話はややこしくなった訳だが。
レイノルドの母がフォジョン子爵家の令嬢、と認識したマリエルの異母姉と彼の婚約を結んだのは、焦りもあったのだろうが浅薄な振る舞いだ。齢を重ねてもそうした振る舞い、ということは、もっと若く浅薄な頃は更にやらかしていたのだろう、と容易に推測できる。
ただその彼女も、既に療養名目で専門の施設に監禁されているという。もちろんレイノルド本人に連絡をとることはできないし、彼もそのつもりはなさそうだ。本人には悪いが、それは安心材料になる。
レイノルドの属する傭兵団『荒鷲傭兵団』も体制が変わった。古くからの傭兵は、そのまま自分たちで団を維持していくことを望んだが、辺境伯の領軍に加わることを望む者も多かった。
傭兵は己の腕一つで世間を渡っていく職業で、先の保障ももない。腕が確かで信用もあれば、それなりの高給も望めるが、大多数はその日その日を生きていくので精一杯。病気や或いは仕事中に怪我でも負えば、あっという間に行き詰まってしまう。
マリエルの前世と比べれば、社会のセーフティネットはほぼ無いと言っていい世界だ。親の家業を継げない子どもはかなり厳しい人生を歩まざるを得ない。能力があっても運が悪ければその日暮らしから這い上がれないまま、ということも珍しくは無い。
辺境領では公共工事や新しい事業を興すことで雇用を増やし、少しでも食っていける人間を増やそうとしているが、国内ではまだまだそうした施策は無く、貧困の解消は追いつかない。
傭兵団にしても、最初は個人で傭兵としてやっていたそうだが、単独でやっていけるのはごく少数でしかない。能力に不足があってもある程度の人数を揃え、協力することでそれなりの魔獣討伐や商団の護衛など、出来る仕事を増やすために結成されたものだ。個人でもやっていける、それだけの能力がある傭兵は限られる。
レイノルドもおそらくはそれだけの技量がある。だが彼は、領軍へ参加することを選んだ。
「なんとか、やってはいたが。長く続けられる仕事では無い、というのが私の判断だ」
訥々と語る彼は、実家を出てからそれなりに苦労はしたらしい。
元々実家の爵位を継ぐ予定もない彼は、将来騎士団に入って身を立てることにしていた。その進路を絶たれた後も、どこかの貴族の私兵として雇われれば、と言う腹づもりがあったという。しかしさすがにその立場で雇ってもらうことも出来ず、いわばフリーランスの傭兵となって食いつないできた。意外にそちらは適性があったらしく、短期間で成果を上げていたわけだが。それでも当人としては、『いつまでも続けられる職では無い』という認識だったらしい。
貴族令息だった身では一応身の回りの世話をする人間がついていた。実家から放逐された以上、すべて自分で自分のことをする、のは騎士として身につけていても思うところがあったらしい。
「生活のためのあれこれを自分でやるのならいいんだが。仕事についての諸々まで、やろうと思うととても手が回らない」
要は事務仕事だが、確かに彼はあまりそちらの方面には見識もなさそうだ。騎士団へ入る者たちは割にそういう人が多い。所謂『脳筋』。
レイノルドはそれでもまだ、その業務の必要性を理解している分マシなくらい。領軍にも、『そんな些事に関わっていられるか!』と断言した挙句、経費を誤魔化されたり無駄に高価な物品を買わされたりした者たちが、ほぼ毎年のようにでてくる。伯父やライラなどはわざと放棄して、自分で責任を取らせているが、何故かその手の馬鹿は尽きない。
個人でやっているならともかく、他者と分担して業務の遂行に当たる以上、他者への敬意が必要というのが辺境伯領の心得である。
そんなこんなもあって、レイノルドはマリエルの仕事に同行してきた。一応、領内の状況確認と後は今後付き合っていくことになるだろう、魔法使いたちと顔合わせを兼ねている。
「と言うわけで、よろしくお願いします」
朗らかな笑顔を向けるのはエリック、魔法使いたちを取りまとめているマリエルの従兄だ。
文官としてもそれなりの人材だが、マリエルたちと同じ学園に通って魔法を学び、故郷でそれを実践している。年齢が少し離れているので、在籍期間はかぶらないが。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
生真面目な挨拶をするレイノルドに、面白そうな顔で笑っている。
マリエルには従兄弟のような存在がかなり大勢いる。実際に血がつながっている母方の従兄弟は片手で数えきれるが、祖父母の世代から領内の見込みある者を『義兄弟』として扱い、教育を与え鍛えてきたので、そういう意味での『従兄弟』は二桁を超える。もちろん『従姉妹(女性)』も含む。今領内の統治者側はほとんどその手の『身内』で揃えられているのが、辺境伯の強みでもあった。
ただしエリックは本当に従兄弟だ。ライラも。なんだかんだで付き合いは深く、レイノルドもこの土地に腰を据えるなら、付き合っていかねばならない相手である。
「マリエル嬢は、我々魔法使いにとっても大事な戦力だからね。預けるには貴方の実力も知っておきたい」
という次第で、今回の仕事は普段マリエルが出向く土木工事とは少し違う。大まかに言えば土木工事ではあるが、場所は普段工事が出来ていない場所。要は魔獣や野盗の出没が懸念されるため、危険度が高くなかなか工事が進められなかった地域だ。
レイノルドの(元)傭兵団が付き添ってくれる、と言うのでこれまで手がつけられなかった箇所を少しでも進めよう、というのがエリックの判断でライラたちの承認も得た。なので、エリックはじめ領内の土木を請け負う魔法使いたちにとっては一石二鳥の取り組みでもある。
「心して、努めさせていただきます」
からかい混じりのエリックの言葉に、レイノルドは真面目極まりなく返す。実に彼らしい、とはマリエルも思うが、いささか気恥ずかしくもある。
「レイノルド様、あまり気にしないでくださいね。今回の作業場所は確かに、魔獣出現の可能性があるということで後回しにしてはいましたが、実際に出たという報告はないのです」
「だからこそ、仕事を進めるいい機会なんですよー」
マリエルの忠告に、エリックは飄々としたものだ。
この従兄は魔法使いとしてはそれなりの腕だが、人を使うのが上手い。適材適所で人材を振り分け、事業を滞りなく進める。特に土木工事に向いたマリエルの帰郷後は、彼女の加入で捗ったと喜んでくれていた。
マリエルの方も、実地で能力の使い方を教えてもらったし、かなり良い収入を保証している上司でもある。身内であることも含めて、関係性は良い。
「じゃあまあ、行ってみましょうか。皆さんも現地を見て判断いただかないと」




