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転生モブ令嬢は、乙女ゲーム終了後の学園生活を堪能する

マリエルたちが進級してからの学園は、平和だった。メイン攻略対象のリチャード王子と、レイノルドは卒業して学園を去り、レイノルドにつきまとって騒ぎを起こしていたチェルシーもいなくなった。ヒロイン(リラ)は在籍しているし、攻略対象も残っているが、特に接触はないらしい。

新しく入ってきた下級生たちも、概ね教育の行き届いた貴族令息令嬢で、基本的には大人しいものだ。

時折衝突はあっても、大きな騒ぎにはならない。


リチャード王子からの先触れが辺境伯の町家敷(タウンハウス)に届けられたのは、そんな頃だった。

「お嬢様、いかがいたしましょう」

「……お断りするわけにもいかないのよね」

折り悪く、辺境伯家の人間はマリエル以外いない日だった。義兄や義姉、その関係者たちは良く出入りしているが、さすがに切れ間なく在宅してはいない。使用人も、義父母が気遣ってくれて弁えた者を付けてくれているが、王家からの先触れに慣れた者はいない。

「とりあえず、お迎えの準備をしてちょうだい。大丈夫、普段のように丁寧に気遣ってくれれば問題はないわ」

辺境伯家はそれほど社交に重きを置いていないが、訪問者をもてなすことがないわけではない。貴族家のこともあれば商会の人間だったり職人の場合さえある、だがそのいずれにも十分な敬意と気遣いがあれば良し、というのが義父母の認識であり、マリエルもそれを共有している。相手が王族でも、それは変わらない。

実際、やがてやってきたリチャード王子は案外くだけた様子だった。

「やあ、マリエル嬢。直接話をするのは初めてだな?」

「王国の輝けるお方をお迎えするには、些か手が足りず申し訳ございません」

「いや、そこまで畏まらなくていい」

丁重に礼をとったマリエルに、彼は真顔でかぶりを振った。

今でこそ彼はまだ王族に籍を置いているが、リラの卒業を待って婚姻を挙げ、臣籍に下りると聞いている。それも、フォスティーヌの場合とは打って変わってごく小さな領地のみの予定だ。

これは噂にすぎないが、リラの実家である男爵家はその婚姻を畏れおおいと、あまり歓迎していないらしい。国外に出ていた当主夫妻も慌てて戻ってきたらしいが、まだ王都に出てきてはいないと聞いた。兄の一人がとりいそぎやってきて、保護者代理をつとめているが、話は上手く進んでいないそうだ。

リラの実家、サンダンス男爵家は寄り親の高位貴族とのつながりも薄く、そちらでも思いもかけない縁談に大わらわだとか。

元々の婚約者だったフォスティーヌは、社交もマナーも満点の淑女だったのだが、リラはその点ではむしろ落第生だ。本来は寄り親の家で淑女教育を受けるべきなのだが、あいにくそちらの家もそうした人員がいないという。

はっきり言ってしまえば、家を建てた後のリチャードの権力が見込めなくなった以上、彼に関わることの利益がないと判断されたわけだ。利にならない付き合いはしない、という辺り実に即物的ではある。かといって全ての付き合いを断つほどではない。

辺境伯も、つながりを保つ必要はないが、可能な依頼を敢えて断る必要もまたない、という判断だ。

「では殿下、ご依頼とおっしゃいますのは?」

一通り社交辞令を交わしてから問えば、リチャードは視線を泳がせた。

「あー……実はな、他に頼める宛がなくて」

「はぁ」

「……リラのことなのだが。その、彼女はあまり礼儀が整っていないだろう。学園にいる間でいいのだが、マリエル嬢にその辺りの指導を頼めないかと思ってな」

「あぁ、なるほど。そのようなお話でございましたか」

マリエルも薄々見当はついていた、想像の範囲内ではあった。

リラは天衣無縫と言えば聞こえはいいが、マナーや礼儀作法は難が多い。下位貴族の令嬢としても低いレベルだ。ただ田舎で生まれ育ち、あまり手をかけられなかった彼女はしょうがない部分はある。しかし王族のリチャードと婚姻するなら、臣籍降下するとはいえある程度の作法は必要だ。となれば、在学する女子学生の中では最も高位のマリエルに指導を依頼するのは当然だろう。

ちなみにマリエルとフォスティーヌは同格といっていいが、婚約は解消した相手にそんな話を持ちかけるほど非常識ではなかったようで何よりだ。

「私で出来ることなら、お教えいたしますけれど。私も辺境の出なので、マナーなどはそれなり、ですわよ」

生まれ育ちはマリエルも王都なのだが。父親と決別して以来、辺境伯領で過ごしてきたため、礼儀作法やマナーもそちらで学んだ。同じ国内なので基本は変わらないが、地方は王都ほどマナーも厳しくない。一応学園で一通りのマナーや作法の講義を受け、理解はしているが身についているとは言い難い、と自分では思っている。

「いや、それで構わない。むしろそちらの方が良いのだ」

若干失礼なことをおそらくは意識せず宣ったリチャードがいうには。

要は彼もリラも、婚姻後は所謂王都の社交界に属する予定はない。地方で領主の妻としてやれる程度のマナーまでを、教えてやってほしいとのこと。

確かにそれなら、フォスティーヌよりマリエルの方が適任でもある。フォスティーヌは生粋の社交界の華なので、自分にも他人にも求めるレベルが高い。そこまでを求めないなら、マリエルも指導は可能だろう。

「なるほど。でしたらご協力はできそうですが……私には、どのような利がいただけますでしょうか?」

とはいえ何の利益もなく時間を割いて指導するのは、マリエル個人のみならず辺境伯家が舐められることになりかねない。それを踏まえての問いにリチャードは真顔で頷いた。

「リラの実家が、海路を使う商会を経営していることは知っているか?そちらからも辺境伯とのつながりを求められている」

これはちょっと意外だった。リラの実家の話は聞いていたが、そこまで権力欲もないように見えていたためだ。

だが確かに、陸路を持つ辺境伯家と海路を持つ商会でのつながりは、互いに益がある話にはなりそうだ。

「……了解いたしました。そちらの話は、養父(ちち)に伝えますので少し時間をいただくかもしれませんが、リラさんの指導は承らせていただきます」

「ありがとう、助かるよ。よろしく頼む」

マリエルとしては、思ったよりリチャードが状況を弁えていることにむしろほっとした。

リラの卒業後は王都の社交界に参加しないつもりであること、サンダンス男爵家の商会を辺境伯に紹介すること、いずれも当たり前の話ではあるが、要は結婚後は彼も国政の場から距離を置くということだ。

それならば、マリエルも異存はない。やらかしたことの責任を本人がきちんと取るならば、それ以上追い詰めるのは却って問題になる。

ただ、フォスティーヌには一応事情を説明しておいた。彼女の立場としては、甘い顔も見せられないだろうが、マリエルに当たられても困る。

そしてフォスティーヌも、納得しているのかはさておき、一定の理解は示した。むしろ二人が婚姻後は領地に引っ込むつもりらしいと聞いて、困惑していたくらい。

「それならば、私があまり厳しいことを言っては、こちらが悪くなってしまいますものね。マリエルさんには申し訳ないですが、よろしくお願いいたしますわ」

「私、リラさんと殆どお話ししたこともなくて。改めて、ということなら、そういう人間の方がよろしいのでしょうね」

そういう意味でも、マリエルの方が適任ではあったのだろう。


そして、そういう次第でマリエルは主人公(ヒロイン)のリラと初めてきちんと顔を合わせた。これまで、学園で姿を見かけたりすれ違う際軽く会釈程度の挨拶を交わすことくらいはあったが。基本的に、彼女とマリエルには何の関わりも無く、誰かしらに紹介されることもなかったのだ。

「はじめまして、リラですー」

朗らかな笑顔は可愛い。のだが、残念ながら礼儀作法としては不合格だ。

「……」

敢えてにっこり微笑むにとどめたマリエルは、リラではなく彼女を連れてきた人物に声をかけた。

「ケインズ伯爵令息。確認しておきたいのですが、私に依頼されたのは、貴族令嬢としてのマナー講義ということでしたわね?」

ケインズ伯爵令息は、リチャードの側近だが一学年下に在籍している。要はリラやマリエルと同じ学年だ。

更に言えば『攻略対象』の一人でもあるインテリ眼鏡、毒舌気味の宰相補佐官でもある。銀髪と薄い緑の瞳、名はスレイ・ケインズ。成績優秀者ではあるがあまり人望はない。

「……その通りです。今更何ですか、一度引き受けるとおっしゃったのですから、断ったりしないでくださいよ」

それもこのように一言多いせいだ。有能ではあるが、周りにも厳しい。

「確認しただけですわよ、早とちりなさらないで」

あっさり受け流してマリエルはリラと視線を合わせる。それにきょとんとしていたリラはにっこり微笑んだ。マリエルもかすかに笑み返し、そしてその淡い笑みのまま言葉を継ぐ。

「今のご挨拶は、貴族令嬢としては不合格ですわね」

「……えー!?」

「そのような大声もよろしくありませんね。……まず、貴族としては目下の者から声をかけてはいけません。この場合、ケインズ伯爵令息から紹介されるまでは口を開かないこと」

このくらいは貴族としては一般常識以前の話で、さすがにマリエルもちょっと驚いた。マナーの講義も一緒に受けたことはないし、酷いと聞いていてもこのレベルはさすがに想定外。

「え、えーっと……でも、挨拶は、大事ですよね……?」

「ええ、その通りです。ただし、挨拶にも順序ややり方というものがあります」

平民の子どもであれば、元気な挨拶ができていれば「良い子」と褒められもするが。貴族の子どもでは、そうはいかない。相手の身分と自分の身分を比較し、弁えておかないと家にまで迷惑が掛かってしまう。しかも1対1ならまだしも、その場にいる全員の身分は把握していないといけない。

逆に、高位の貴族は挨拶の口火を切ることに慣れている。自分が挨拶を始めないと誰も口を開けない、という事態を何度か経験してしまえば、慣れざるを得ない。マリエルも王都での社交経験は浅いが、これは国内共通なので経験がある。

その辺りを説明して、それから逆にリラに問い返してみた。

「男爵家でも、最低限の行儀作法は教わられましたの?」

「はい……あの、お義母様が」

リラの実母は病没しており、そのため男爵家に引き取られたと記録がある。

「……男爵夫人は、確か貴族出身ではございませんでしたわね。その辺り、認識が或いは古くていらっしゃるのかもしれませんわね」

誤っている、と伝えなかったのはきょとんとしているリラがあまりに邪気がなくて。そうした悪意の可能性を伝えても理解できないような気がしたからだ。




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