表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

転生モブ令嬢は、学園乙女ゲームを切り抜ける

学園にかなり不穏な空気は流れつつも、上級生たちが卒業する日を迎えた。

マリエルやフォスティーヌは在学生なので直接の関係はないが、やはり学内の空気は浮ついて落ち着かない。

結局フォスティーヌは、同じ学年の侯爵令息と婚約を結んだ。リチャードの側近と目されていた、交易に強みを持つ家の次男だ。互いの位置として、周囲の納得も得やすい相手でもある。

卒業式は制服着用の卒業生およびその家族のみの出席で開催されるが、その後の懇親会は卒業生たちもドレスアップして参加する。在学生も卒業生の関係者であれば参加は可能だが、基本は制服だ。ただし例外があり、卒業生の婚約者の場合はパートナーに合わせて正装になる。

今回は、スザンナの婚約者が卒業生だった。

「ドレス良く似合ってましたね」

「ええ、仲良くされてるようで良かったわ」

スザンナは懇親会に行く前に、マリエルとフローラに挨拶しにきた。二人の方で婚約者から贈られたのがどんなドレスなのか見たがったのもある。

スザンナの婚約者は文官志望で王宮の採用試験に合格した。何年かは勤めて、その後他寄り親やその他の領地へ行くか王宮での出世を目指すかまた考えるという。

彼もスザンナと同様、辺境伯の派閥に近い。王宮には職場としての旨味はあるが、忠誠はそれほど強くなく、王宮に職を求めたのは規模が大きく新人も育てる余力があるところで仕事のやり方を覚えてしまえば後々有利、という計算が働いたためらしい。

珍しい話ではなく、地方領地の嫡子以外は良くやるパターンだ。王宮での士官は、職業訓練的な意味もある。ある程度基本的なことを覚えてから、領地に戻って当主の補佐に入る。

スザンナの婚約者だけあって、彼も情報にはなかなか敏い。王宮での情報収集も期待できるだろう。

友人の婚約に対しても、恋バナではなく政治的分析をしてしまう辺り、マリエル自身自分がしみじみ恋愛に向かないのだな、と感じる。それでもせめて、スザンナもフローラも、そしてフォスティーヌも、不幸な結婚にならなければ良いと思う。

もっとも、懇親会帰りのスザンナが報告してきたのは、想定外の話だったのだが。

「えっ、フォジョン子爵令嬢が?」

「ええ。シモンズ令息を待ち伏せしていたらしく」

彼の『悪役令嬢』チェルシー・フォジョンが、懇親会の会場に現れたのだという。もちろん学園は除籍されフォジョン子爵家も取り潰し(なので正確には『元』フォジョン子爵令嬢)された身の上、正規の参加資格はない。どこかから紛れ込んできたようだ。

「警備の見直しをするそうですわ」

「それは必要でしょうね……それにしても、彼女は一体何をしにきたの?シモンズ令息も、会いにこられても困るでしょうに」

「本人は、彼とは真実の愛でつながっているのだから、引き離されるなんてあり得ない、とわめいていましたが」

「「……あぁー……」」

スザンナの説明にマリエルもフローラも情けない声が漏れた。

要はチェルシー、全く相変わらず反省も後悔もしていないのだろう。彼女の中でどう解釈されたのかわからないが(おそらく聞いても理解できない)、未だに自分とシモンズ令息レイノルドは婚約者で結ばれるべきと信じたまま。

「フォジョン子爵家は、爵位を返還したのではなくて?」

「私は夜逃げした、と聞きましたが」

要は噂が飛び交っていて正しい情報が紛れてしまっている。さすがにスザンナは正確なところを把握していたのだが。

「子爵家としては、正式に取り潰しの通知が出ていますがどうも屋敷からの退去を拒んだらしいのです」

「……何をしてらっしゃるのかしら」

子爵家とは言え、貴族家の取り潰しなど滅多にあることではない。その詳しい手順だのは知らないが、貴族としての立場を失うことで家屋敷や家財道具を手放し、財産も基本は没収されることになる。

が、今回フォジョン子爵は王宮からの使者の立ち入りを拒み、屋敷の門も玄関も施錠して出てこなかった。当然、使者は武力行使に出たが、それには若干時間がかかる。解錠して屋敷に突入した時には、家人もめぼしい財産も持ち出した後だったという。という訳で、一家は今や指名手配された罪人なのだ。

「そういう状況でチェルシー嬢が出てきたものですから、騎士団に捕縛されて連れていかれましたの」

その時のチェルシーの格好もすごかったという。

元々彼女は、学生としては不適切なくらい着飾っているタイプだった。学園の制服を自己流に改造する生徒は他にもいる。

だがチェルシーの場合、学生としても子爵令嬢としても相応しくない、やたら華美な装飾を付けていた。

ギラギラするアクセサリーや派手な色合いの付け襟や付袖といった、身分にも年齢・立場にもそぐわないものばかりだった。

当人としては、『美しさに相応しいものを』と主張していたらしいが、そもそも学業の場にごてごて着飾ること自体が間違っている。しかもそうした諸々も趣味の悪い安物で、本物を知っている他の令嬢たちからはむしろ馬鹿にされていた。

要は質の悪い成金、ということでしかも本人の性格も悪くろくに友人もいなかった。停学だの除籍だのの処分を受けたチェルシーに、学園中の誰一人接触しようともしなかったことは語り草になっている。

去年の段階、一年次生の頃はチェルシーも取り巻きがいたのだが、今年に入ってマリエルにより辺境伯との関わりがないことがはっきりすると、その誰もが距離を置いてしまった。薄情なようだが、もともとチェルシーは気性が激しくて身勝手、特に同性には当たりが強く側にいる人間など踏み躙ってもいいと思っているような性格だ。周りにいた令嬢たちも、フォジョン子爵家と関係を保ちたいだけで彼女と友情をはぐくんでいたわけではない。正確にはフォジョン子爵家の向こうに辺境伯家の存在を見ていただけなので、それが無ければ手を引くのは当然だ。

その彼女も、卒業式に現れた時はひどい格好だったらしい。スザンナもさすがに言葉を濁したが、屋敷から逃げ出した彼女が数日とはいえまともな生活をしていたはずはない。

「本人のお言葉だけですが、子爵に『売られかけた』と……」

「……」

チェルシーは性格は難があるが、見た目はそれなりに可愛らしい。黙っていれば十分ちゃんとした貴族令嬢で通るだろう。その彼女を『売る』先となればおそらくは娼館かその類だろうが、一家の罪状が明らかになればまともな店には相手にされまい。チェルシーが逃げ出したのも無理はない。

とはいえ彼女も純然たる被害者とは言えない。親の威光を嵩にきて、下位貴族の令嬢の持ち物を取り上げたり衣服を汚したりの嫌がらせをしていた。大した罪状ではないが、数がかなり多かったこととリラもその対象だったこともあって、リチャード王子がチェルシーの排斥に動いたそうだ。若干私欲の気配もあるが、妥当ではある。少なくとも学園外の司法がそれを認める程度には。

結局チェルシーは捕縛されて、おそらく未成年者の更生施設での強制労働となるだろうとのこと。いろいろ意見はあるだろうが、関係者にはそれなりに納得がいく罰ではある。


その一方で、レイノルドは貴族籍を放棄して一介の傭兵として身を立てることにしたという。そもそも伯爵家とはいっても後妻が産んだ三男、爵位には縁遠い。本人もそのことは良くわかっていたし、義兄たちともきちんと話をしていた。わかっていなかったのは、生みの母だけだ。

その母も、伯爵家を出て療養施設に入るそうだ。マリエルも後で聞いたのだが、シモンズ伯爵家からその旨連絡があった。要はそれで勘弁してくれ、と。

実はマリエル、レイノルドの母で自分の母の『親友』だったという女性との面識はない。母が生きていた幼い頃には会ったこともあるかもしれないが、さすがに記憶になかった。これで縁が切れるなら、特に思うことはない。

「大変でしたわね、今年の卒業式は」

「殿下の他の側近の方々はどうなさいますの?」

リチャード王子が、リラを婚約者としてエスコートしたとは聞いている。しかしそうすれば、卒業後の進路も変わってくる。臣籍に降りることは同じでも、与えられる爵位や領地がぐっと下がるのは間違いない。具体的には、側近たちを雇えないのではないか、ということだ。

与えられる爵位や領地次第ではあるが、フォスティーヌと婚姻した場合に比べて遥かに劣るのは確実。

「殿下の先行き次第ではございませんかしら」

「うーん、リラ嬢は男爵令嬢ですし。お家もあまり力があるとは聞いていませんし」

「リラ嬢も、学園の卒業は来年でしょう。それまでにあちこち折衝などなさるのかも」

しかしいずれにせよ、彼女の在籍する間は少し気にかけておいた方がいいだろう。フォスティーヌもいるのだが、彼女にリラの相手をさせるわけにもいかない。

「リチャード殿下はリラ嬢をエスコートされたのでしょう。お二人の様子はどうでした?」

「えぇと、ですね……」

スザンナが言い淀む。可愛らしい系統の割に毒舌気味の彼女にしては珍しい。

「? どうかして?」

「何かあったのですか?」

「いえ、特に何があったという訳ではないです。……ただ、リラ嬢は何というか……社交界には、出ない方がいいでしょうね」

「……そんなに?」

「はい……あの方、そういえばダンスの授業とかでもお見かけしたことなかったのですが」

「あぁ……踊れない?」

「さすがに殿下も、そこまでとは思っていなかったらしくて。自分がリードすればよいとお考えになったようなんですが」

リチャードも王族の貴公子としてきちんと教育は受けていた。むろん社交に欠かせないダンスも言うまでもない。決して下手ではないことは、マリエルも学内の練習を兼ねた舞踏会で見知っている。

だがしかし、その彼をもってしてもリラは壊滅的だったという。元々好き嫌いが激しいというか、自分で勝手に学園の授業に優先順位をつけていた気配があった。

マナーやそれに類する淑女教育もかなりやる気がなかったようだが、ダンスまでそんなに不得手だったとは。逆に何の科目なら大丈夫なのか、気になるところだ。

「……新年度からは、少しお話しする必要が出てくるかもしれませんわね」

ほぉ、と溜め息混じりで呟くマリエルにスザンナとフローラも真顔で頷く。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ