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第5回 低IQエリートの時代

 前回はIQの高い人が学力を落としやすい(わな)について語った。

 では、IQが高くない側の人はどうだろうか。


 今の学習指導要領は、平均よりも少し下の人たちに合わせて作られている。当然、そのあたりの人たちにとっては、もっとも勉強にやりがいを感じる時代だろう。それに親に経済力があれば、今は学習塾も予備校もそろっている。あとは本人の努力次第だ。

 加えてIQが高くない人の中には、知力が足りない分だけ暗記能力が高くなっている人がいる。これは動物の本能みたいなものだ。

 チンパンジーは知力では人に(おと)るが、人はチンパンジーの持つ記憶力には到底(とうてい)(かな)わない。そのチンパンジーですら、記憶したことをネズミよりも早く忘れてしまう。人はもっと早く忘れてしまう。人が一時的に物を(おぼ)えていられる時間は、犬の10分の1だ。

 また人は知力に応用力を持たせるために、知力の高い人ほど記憶をまるまる憶えてはいない。ある程度、系統立てて整理している。ところがそのせいで横槍(よこやり)を入れられると、簡単に記憶が混乱することもある。

 これはIQが低いことをバカにしてるのではない。IQの高い人よりも、一度憶えたことを忘れづらいという強みがあるということだ。それは今の受験競争では有利だし、仕事によってはそれが()かされることもある。

 当然、その強みを活かして丸暗記で受験競争を勝ち抜いた人もいるかもしれない。世の中には読み込んだ資料を一字一句丸暗記して、必要な()(しょ)をすぐに思い出して引用してみせるデータベース人間がいる。気になるのは、その人はどこまで憶えた内容を理解しているだろうか。もしかしたら当人にもわかってないかもしれない。



 しかし、どんなに高い学力を得ても、それに応じた高い知的な仕事ができるかというと、それは保証できない。

 第1回でも触れたが、そこは知力と学力に応じた役割が必要だろう。


 まずIQの高い人だ。だいたいIQ130以上のギフテッドの人たちをイメージしてもらえばいいだろう。

 彼らは洞察(どうさつ)(りょく)や想像力を働かせて物事を広く(とら)えて後先(あとさき)のことまで考える。たとえ身勝手な人でも、欲望のまま動いたら欲しいものに手が届かなくなることを念頭(ねんとう)に置いて考える。そのために自分にとっての欲望が多くの人にとっての利益になるように計画を進めていくことも多い。それを(はた)から見ると「大欲は無欲に似たり」という言葉の体現になっていることもある。

 このあたりはアップル・コンピューターの(そう)(ぎょう)(しゃ)であるスティーブ・ジョブズを例に取ればわかりやすいだろう。彼には「この手で使いやすいコンピューターを作る」という大きな野望があった。それが今のパソコンやスマホの原型や使用感となっている。しかし彼の先進的すぎる考えを理解できず、一時期は創業者でありながらアップル社から追放されたこともあった。彼はその間にコンピューターの使い道の()(さく)として、フルCG映画を作る技術を確立したりした。特殊(とくしゅ)撮影(さつえい)がCGに変わる基礎(きそ)を作ったのも彼だ。ただこれもジョブズにとっては使いやすいコンピューターを目指して、絵や図形が物理法則に従って動く映像効果──画像処理技術を高めようとした副産物にすぎないと思う。

 その後、再びアップル社に戻って(だい)()(ごう)になるのだが、最後まで黒い無地の服をこだわって着続ける無欲な生活を続けていた。彼の生きていた頃のアップル社は、ビジネスモデルの関係でWindows系よりも割高にはなるが、できるだけ安く提供することを(むね)としていた。

 この話題の最後に余談であるが、日本では間に入った商社がアップル製品に3倍もの価格をつけて独占販売していた時期があった。またジョブズの亡くなったあとは、残った経営陣が強気な価格設定を始めているので、どうしても「アップルは庶民(しょみん)ではなく金持ちの道具」というイメージが消えないようだ。


 話を戻して、次にIQが少し下の人たちだ。IQ110〜130の人たちだと思ってくれればいい。

 このレベルの人たちは比較的頭は切れるが、若い頃は()えていても歳を取るごとに深く考えるのが不得手(ふえて)になる傾向があるようだ。また若い頃から知力を口達者(くちだっしゃ)に割り振って、思考をヒャクゼロで済ませる人も出てくる。

 このレベルの人は世間的には知能が高めだが、その知能を話術に割り振ってしまった人たちは話し合いとなると相手を言い負かす(マウントする)ことばかりを考える()(べん)()になり、その場しのぎで後先を考えない話をする傾向が出てくる。

 その時々の立場でコロコロと意見を変える『東大話法』は有名だ。都合の悪いことからは徹底的に逃げて、都合の良い部分しか語らないので対話にならない。

 藁人形(ストローマン)論法を駆使(くし)して、討論(とうろん)相手を聴衆(ちょうしゅう)にとっての敵に仕立て上げる『ひろゆき論法』もある。これは相手の意見を極論ですり替えて、相手の意見が()(たん)してるように思い込ませる()(きょう)な物言いだ。それを知的な風を(よそお)ったハッキリした口調で語るので場の空気を支配しやすいが、結局は一般論しか語ってないというシラケた弁論術でもある。

 前者は論外。後者も長い目で見ると世間からの評判が落ちていくという意味で、まったく後先は考えてなかったと言えるだろう。

 ちゃんと後先まで考えるか、目先の損得(そんとく)だけで考えるか。このレベルの人はそのどちらかの二択だろう。そのどちらを取るかは、その人の性格や生きてきた環境によると思う。


 更に下、IQで真ん中にいる人たちとなると頭の(やわ)らかい若いうちはともかく、歳を取ると古い知識と他人からの受け売りでしか物事を考えられなくなる。いわゆる典型(てんけい)(てき)なB層と呼ばれる人たちだ。その結果、物事の判断もゼロかヒャクかの目先の損得(そんとく)でしか考えられなくなっていく。

 ただし何を基準にした損得かは、その人の生き方によるだろう。

 今の日本人は信用や信頼を損得の基準に置く人が多く、いい人を演じすぎて()(へい)してる人が多いように思う。政治家が海外に対して後先を考えずに大盤(おおばん)振る舞いになってしまうのも、この影響が大きいと思われる。

 お金や地位に基準を置く人も多い。お金や地位、(かた)()きがあれば、あとから信用がついてくるからだ。だが、こういう人は信頼という部分を忘れてるため、行動が無責任でずる(がしこ)くなりやすい。こういう人が上司になった場合、職場は無責任な指示に振りまわされて苦労するだろう。

 それとこのレベルで学力の高い人はプライドも高くなって、何でも自分が正しいと思い込みやすい。それでいながら、このレベルの下の方になると、読解力や語彙(ごい)力が(あや)しくなってくる。そのため社会問題になっているクレーマーになったり、SNSで他人の発言を曲解して暴言(ぼうげん)を吐いたりしている。

 ネット上で不愉(ふゆ)(かい)な発言を書き込む人を見ると、多くの人はマスメディアが勝手な憶測(おくそく)で流している「ネットが普及したせいで、子供や低学歴の人たちの書き込みが増えたから」というイメージを信じてしまいがちだ。ところが実際に書き込んで裁判(さいばん)沙汰(ざた)になった人たちを調べると、多くがそれなりの有名大学を出て、立派に社会的な地位を得た人たちがほとんどというのが実情である。(あお)り運転にも似た傾向が出てくる。

 この層は人口が多い上に、今の学習指導要領はこの層がもっとも学力を伸ばしやすいように作られている。当然、大学進学率が高くなった今の世の中では、そのおかげで高い学力を得た人たちも多いだろう。そういう人たちが増えた平成時代以降は、不況よりもそちらの理由でギスギスするようになったのかもしれない。

 また今に限らず昔から超難関大学に入った学生たちが、ハメを(はず)してバイトテロをやったり、はっちゃけて大きな事件や事故を起こしたりして退学にされたというニュースが()えないのも、どこか生き方の基準を置く場所を間違えて、やらかしてきたことかもしれない。

 そうなってしまうのも、このレベルの人たちは高学歴になるほど時間をかけて打ち込む趣味を持たない人が増えてくる。若い頃は受験勉強で精いっぱい、社会に出たあとも日々の仕事を続けるのが精いっぱいで、心と時間に余裕がないからだろう。たとえ趣味があったとしても、それは片手間でもできる物集めや食べ歩き、ドライブ、コンテンツめぐりのような消費するだけのものだと思う。ゲームで重課金するのも、このあたりの人かもしれない。まあ、それで経済が回っているのだが……。

 その裏返しの心理で、趣味に品格や採算性を持ち込んで他人を小馬鹿にする人たちが増えてくる。そういう人たちだからだろう、日頃から張っていた緊張がプツンと切れた瞬間に、事件を起こしてしまうのかもしれない。


 そして、あるレベルよりも下の人たちとなると、目先の損得ですら自分では判断できなくなる。学習や他人からの受け売りでしか考えられないのだ。そして歳を取ると学習力が落ち込み、受け売りのみになっていく。

 こういう人は知らない物事が出てきたら説明よりも答えや結論だけを求めてくるので、周りからはセッカチと思われてるかもしれない。説明されても理解する知力がないため、「要点だけ」とか「手短に」とかいう説明でも()けてしまう。

 とにかく教わったことの意味を理解してないので、教えられた通りにしか行動ができない。たとえば勉強ができて十分な知識があるはずなのに、「電子レンジは水分子を温める」という部分だけを覚えていて、冷えたパンや天ぷらを温め直す時に思いつきで水で()らしてみるポンコツぶりをやらかした人もいるだろう。もちろん条件によっては正解の場合もあるが、それで失敗すると、そこから応用力や機転を利かせて立て直すことができない。最初に戻って、やり直すことしかできない。モノによってはどんどんこじれていく。教わったことが間違ってたり、時代遅れになってたり、前提条件が変わっていたりしていても、なかなか修正が効かない馬鹿の一つ覚えも、このレベルの人の特徴だ。

 今の共産主義者やリベラリストを考えてみればいい。彼らが間違ってたことは1990年代のソ連崩壊で証明されたようなものだ。ところが彼らは一度刷り込まれた考え方は変えられない。だから共産主義から社会主義、リベラリズム、更には環境保護や人権思想と誰かの作った外ヅラに飛びつくものの、結局は後生大事に同じことを言い続けている。そして都合が悪くなるとダンマリを決め込み、また誰かの作った新しい外ヅラに飛びついて同じことを繰り返す。

 とはいえ、こういう人たちでも努力すれば高学歴者になれるのが今の日本だ。そして高い学力のある人は、組織の一員としては前例や上からの指示に従って黙々(もくもく)()を出さず(出せず?)に働いてくれる優秀な歯車となる。上に立とうとさえしなければ、高い学力は強い武器だ。


 今の日本は、なんだかんだで知力の低いエリートが増えてしまった。

 そこで次回は、日本のエリートが低IQ化したことの弊害(へいがい)について語る。

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