第9話 AIのココロさん
「ハウスメーカーのエターナルホーム社との合同研究でこのプロジェクトは完成しました。常呂川美月と、不動産会社の不動不動産職員・不動こころは、同じ大学に通っていました」
なにげにこのタイミングで、不動さんのフルネーム「不動こころ」って知ってしまった。下の名前、こころって言うのか。
「不動さん、会いたいなあ……」
俺がぽそっと本音を漏らすと、
「ココロさんを立ち上げますか?」
人工音声がよく分からないことを言った。
「なに? ココロさん?」
「常呂川美月が生活サポート用にプログラムしたAIアシスタントです」
「AI……アシスタント? なにそれ?」
「プログラム起動を中止しますか?」
「しません。なんか面白そう。ココロさんってやつを立ち上げてみて」
「了解しました」
ソファベッドに横になっている俺の脇に、急に人が出現した。
メイド服を着た若い女性だった。
どこから来たんだ?
……いや、違う。
俺が違和感を感じ、手を伸ばすと、そのメイドさんの黒いスカートを、空気を掴むみたいにするりとすり抜けた。
「こんにちは、木芽さま」
メイドさんは微笑み、俺に会釈した。
「もしかして、立体映像?」
「その通りです。常呂川美月は、生活のサポート用に、開発者権限でAI搭載のメイドタイプのアシスタント・キャラクターを隠しプログラムとして仕込んでいました」
「ちょ、ちょっとデバイスさんは黙ってて」
俺は、メイドさんをまじまじと見つめる。
「本物の人間みたいだ……あ」
俺の頭の中で、情報が整理されて並んでいく。
不動さんが、部屋に入りたくない理由。
メイドさんの立体映像が出る隠しプログラム。
開発者と知り合い。
俺の目の前のメイドさんは、観察してようやく気づけるレベルではあったが、不動さんに似ていた。
下手な似顔絵師のイラストから、元ネタの芸能人の顔がぼんやりと浮かぶような。そんな遠距離ではあったけれど。
「多分、不動さんをモデルにして、この3DCGを作ったんだな……えーと、ココロ、さん?」
「はい。ココロといいます。なんでも聞いてくださいね」
3DCGのメイドさんは、にっこりと微笑んで、会釈する。
「おお、会話ができる……デバイスさんより、俺はこっちが好きだな。見た目がいい」
「ルッキズム至上主義は現代社会で非難の的ですよ」
と、デバイスさん。ごめんなさい。
でも話し相手に選ぶなら、腕時計もどきよりは美人メイドさん一択だろう!
俺が漏らした「不動さんに会いたい」という言葉が、きっと起動のキーワードだったのだ。
開発者が親しい友人を驚かせようと、お遊びで入れた隠し要素。そんなところか。
だが、不動さんは「隠し要素」の存在を知らされ、何かのきっかけでプログラムが起動して「自分がモデルとなったメイド姿のアシスタントが、にっこりと微笑む様子」を見るのが恥ずかしくてたまらなかった。
それが、不動さんが嫌がっていた理由。そう推理すると、辻褄が合う。
「ココロさん。明日の天気を教えて」
「現在地の明日の天気は、くもり・のち・あめ。傘を持って出かけた方がいいでしょう」
「ココロさん。なにか面白いジョークを言って」
「ふとんがふっとびません」
やるじゃないか。
アレクサみたいに、会話の内容からネット検索などもできるようだ。
とーこーろーでー。
男の子ひとりの部屋。そして、メイドさん。
と、なると! ちょっとアレなことも考えちゃうよなあ!
不動さんを立体スキャンして、3DCGのこのメイドさんを作ったと仮定した場合、もしかすると、もしかするとだ……スリーサイズとか、ご本人と一緒だったりして?
身長もほぼ同じだし、まさか、見えないところまで再現されているのでは……ごくり。
俺はメイドさんの「ココロさん」の全身を上から下まで眺める。
不意を突いて、床に寝転がる俺。
ごろごろと転がり、偶然にも、メイドさんの足下で仰向けにィーッ!
俺はただ床で寝ようとしただけなのになー!
これじゃあまるでメイドさんのスカートを下から覗き込んでいるみたいじゃないかぁー!
でも偶然だし! ああ偶然ってこわいなー!
メイドさんの足首まであるロングスカートがひらりと揺れ、その中には!
スカートの中まで完璧に再現が! そこにはきっと天国が!
バン!
板を殴るような音がしたかと思うと、一斉にディスプレイ照明が消え、部屋は真っ暗になった。