第8話 フード・プログラム起動
「デバイスさんに、フード・プログラム、ファイブ・ゼロ・ファイブって言ってもらえますか」
不動さんに言われたとおりに言うと、ソファベッドの脇のテーブルが、一旦床下に収納された。
ぶーん、ごごご、と何かの駆動音がしていると思ったら、数十秒後には再びテーブルが出てきた。
テーブルの上には、湯気の出ているマグカップ。コーヒーの香りがする。
「え、まさか……」
「そうなんですよ。キッチンが無いのは、必要ないからです。大抵の料理は、デバイスさんを通じて注文すると、地下で機械が作って、テーブルに乗せて出してくれるシステムです。ほとんどが冷凍食品だったり、インスタントだったりしますけれど、味は美味しいですよ」
俺はテーブルのマグカップを手に取り、口をつけてみる。
うん、間違いなくコーヒー。
インスタントだと思うけど、コーヒーは詳しくないし、俺。
そこそこ美味ければオッケー。
「これも、ちょっとした飲み物やスナックから、ちゃんとした料理までパターンがありますので、あとでデバイスさんを通じて聞いてみてください。この部屋の画面すべてにメニューがずらーっと並んで紹介されるんで、きっと迷っちゃいますよ。そのレパートリーは豊富で」
不動さんが胸を張って得意げにしていた。
「なんだかSFの世界ですねえ。これが、タダでいいんですか」
「ええ。今回はタダです」
「不動不動産」では、他店との差別化を計り、物件を見るだけではなく、実際に一晩「お試し」で泊まってから、決めることができるという、独自の親切なサービスを実施している。
残念ながら、無料サービスではない。
一泊の料金は、ネットカフェのナイトパックと同等の金額。
それでも、ビジネスホテルと比較したら、破格の値段だろう。
俺みたいに、すぐにでも決めたい人間としては、家具や寝具も元々備え付けと聞いて、これまでは「お試し」サービスに飛びついていたのだが、今回は「新システムの試作モニター」なので、感想レポートさえ提出してくれれば「タダ」だという。
こんなハイテクの塊に泊まれるなんて、本来なら有料イベントだろう。
「これだけすごい部屋に泊まれるのはいいんですけど……さっき不動さんが言ってたことがちょっと気になって」
「何か言いましたっけ?」
まだ玄関先から動かない不動さん。
「部屋に入りたくない理由は、体重のことだけじゃなくて!と言ってたじゃないですか。もうひとつ、何かあるってことですよね」
「えー、あー、あっれー? そんなこと言いましたっけー?」
冷や汗を浮かべながら、斜め上に視線を走らせ、作り笑いを浮かべる不動さん。
これは完全にクロですぜ。
「言ってくれないなら、不動さんを引っ張って、玄関から先に入ってもらいますよ。当然、床に乗れば、体重が……」
「うう、卑劣な……」
俺だってこんな卑怯者みたいなことしたくないんだ!
でも「ううう……」と困った顔の不動さんも可愛いんだ!
「あっ! 私、別のところに用事があったのを、たった今思い出しましたぁー! 行かないと! すみませんね! 何かあったらデバイスさんに聞いたら教えてくれますから! くれぐれも丁重に! ヘンなこと聞いて怒らせないでくださいね! それじゃ!」
しゅたっ、と駆けていく不動さん。明らかに、逃亡だ。
玄関のドアが閉まり、俺はひとり、部屋に残された。
俺はソファベッドに寝転がり、天井を眺める。
「ねえデバイスさん」
「なんでしょうか、木芽さま」
装着している手首に向かって話しかけると、人工音声が返ってきた。
「不動さんの隠し事って、なんだと思う?」
「質問が漠然としており、回答できません」
「AIって頭いいんでしょ。推理してよ」
「小学生みたいな感想はやめていただきたい」
「じゃあ……方向性を変えて。この部屋を開発した人、不動さんの知り合いって言ってたけど、何ていう人?」
「検索中……大手家電メーカー・ビッグウェーブ社の商品開発研究室・常呂川美月さんです」
「美月さんってことは、女性なんだ」
不動さんの元カレという路線は、消えたか。