第6話 不動さんは入らない
自動ドアみたいな横スライドで、黒い扉がゆっくり開いた。
中を覗き込むと、天井も壁も床も、黒一色の真っ暗な空間。窓もない。
家具があるのかどうかも分からない。
「電気、どこです?」
俺は指先を壁に這わせ、スイッチを探る。
「デバイスに言えばつけてくれます」
「あ、そっか。照明つけて」
俺がデバイスに向かって言うと、
「つけてください、でしょ」
と反抗してきた。
「……照明をつけてください」
「つけてください、お願いします、でしょ?」
「不動さぁーん! コイツむかつくー!」
「より人間らしい会話が楽しめるように、AIを搭載したデバイスらしいので。事務的で機械的な味気ない会話よりは、ツンデレを相手にしていると思えば楽しいじゃないですか」
「わかりましたよ! 照明をっ! つけてくださいませぇー! お願いしまぁす!」
「木芽さま。近所迷惑なので、少し小さな声でお願いします」
またまたデバイスに怒られてしまった。
「やっぱり理不尽だよ!」
「ほら木芽さん、照明がつきましたよ」
さっきまでは「窓もない真っ暗な空間」だったのが、途端に「壁一面が発光している部屋」に一変した。
そこは、十畳ほどのワンルーム。
驚きなのは、家具が一切ないこと。
そして、天井、壁、床にいたるまで、「白く発光している、40インチのディスプレイ」が壁材代わりに隙間無く敷き詰められている、という光景だった。
「圧巻だな……周囲がすべて画面、それが全部照明代わりか……。床にも使われていますけど、踏んで大丈夫なんですか? 割れませんか?」
「硬化ガラスを使用していますし、強度は実験済みです。その場でジャンプしたって、ヒビひとつ入りませんよ」
俺は玄関先で靴を脱いで上がろうとしたが、不動さんは靴を脱ぐ気配がない。
「入らないんですか?」
「……ええ。説明なら、玄関からでも出来ますから」
「やっぱりディスプレイを踏むと割れるんでしょ」
「割れませんって! でも……」
俺が靴を脱いで第一歩を踏み出すと、デバイスから音声が聞こえた。
「オーナー・木芽兼照さま。体重は66キロ。三次元スキャンによると身長は178センチ。筋肉量は平均以下。もう少し運動しましょう。肌も荒れています。魚や緑黄色野菜を多めの食生活を心がけ、十分な睡眠時間を確保してください」
「なんすかこれ」
「コンピュータが自動的に、オーナーの健康管理をしてくれるシステムなんです。床には重さを検知するセンサーがあって、踏んだ時の体重を測定すると同時に、室内を監視する立体スキャン装置で身体を検査してくれるんですが……」
「いちいちめんどいっすね。世話焼きの母親じゃないんだから」
「木芽さま。健康の一番の敵は、ストレスです。ストレスを低減させるリラックス効果のある音楽を流します」
どこからともなく、室内にはクラシック音楽が流れ始める。
見えないけど、壁や天井にはスピーカーまであるらしい。
立体音響なのか、やたらと音質が良かった。
「ここまでいちいち気を遣われるのが、逆に一番のストレスなんですけど……」
「しっ、木芽さん。デバイスに聞かれちゃいますよ」
「あ、でも、不動さんが部屋に入りたがらない理由、分かりました」
「……べ、べつにっ! いいんですけどねっ! 体重知られたって! 最近はダイエットうまくいってますし! 前より減ってますもん!」
急に真っ赤な顔をして、反論をしてくる不動さん。かわいい。
「いいですよ、ムキにならなくたって。不動さんは、そこにいてください」
「ムキになってませんけどっ!」
なってるじゃん。