第3話 ダンベル付き家具
「地下四階はキッチンです」
「でかい冷蔵庫もあるし、食器棚、電子レンジ、オーブン、小型のワインセラーまであるのは豪華なんですが……フローリングの六畳間の中で、アイランドキッチンにする必要、あります?」
「これもオーナーの趣味ですね。食器や調理器具にダンベルがついているので、それらを壁際に置くことを先に考えていたら、必然的に中央にキッチンを置くしかなくなった、という経緯らしいです」
「ダンベル付き食器とか、ダンベル付き調理器具って……初めて聞いた」
「オーナーの造語ですね。普段の暮らしの…」
「中にも運動を、がコンセプトなんですよね! コンセプトはもう覚えましたから! もう言わなくて大丈夫です。これ以上聞いたら、耳にこびりつきます」
俺はウンザリしつつ、部屋を見回す。
部屋のど真ん中にキッチンがあり、それを囲むように家具が配置されているため、やたらと狭く感じてしまう。
壁際にキッチンを配置して、食卓用にテーブルをひとつ置いてくれればいいのに……。
「テーブルがありませんけど……ダンベルつきの包丁やフライパンで、苦労して料理を作ったとして、作った料理はどうするんです?」
「このキッチンで立ったまま食べてもいいですし、さっきのリビングまで運んだり……」
「移動はハシゴですよね? 両手が塞がってるのに、お皿をどうやって持つんです?」
「あ、料理だけを乗せて移動できる小型のエレベーターが設置されています」
「そういうところだけ親切! 他は不親切極まりないけど!」
「冷蔵庫には、オーナーから毎日プロテインが支給されます」
「またしてもいらない親切!」
またハシゴを降りていく。
「地下五階はトイレとバスです」
「バスとトイレは別々なんですね……あ、すごい、脱衣場には、乾燥までやってくれる全自動洗濯機もある」
俺は不安になり、一応訊ねた。
「まさか、トイレや風呂場にまで、体を鍛えるような仕掛けは……」
「さすがにないですね。休息も大事だ、とオーナーはおっしゃっていました」
「たまに、常識人っぽいことを言う人だな。常識人じゃないんだろうけど」
ハシゴを降り、一番下の階までやってきた。
「地下六階が寝室です。クローゼットや収納スペースもあります」
「大きなベッドに、壁埋め込み式の収納。いいですねー。でも、ここまで来るのに、毎日ハシゴを五階分降りて来なきゃならないんですよね」
「階段だと足しか鍛えられない、ハシゴなら腕と足と両方鍛えられる、というのがオーナーの考えみたいです。スペースの有効活用という観点でも、階段よりハシゴの方が省スペースですし」
「荷物がある場合、持って登ったり降りたりするのが大変そうですけど」
「小さい物であれば、料理用の小型のエレベーターを使って下さい。大きい物は、オーナー直々に頂いた専用リュックサックがあります。鉄入りで少々重いですが」
「そんなことだろうと思った! 鉄入りのリュックという単語に、俺、既に驚かなくなっている!」
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なんだかんだとツッコミどころはあるが、俺は『不動不動産』の「一晩宿泊サービス」の手続きをして、この日は『メゾン・ド・マッチョ』の一室に泊まることになった。