第10話・ハイテクハウスの罠
「え、なに? なにが起きた!? 停電? 雷でも落ちたのか!? ねえココロさん! どうしたの!? デバイスさん? デバイスさん返事して!? 照明つけて! 間違えた、つけてください!」
デバイスさんの反応は、無い。
手探りで玄関を探し、開けようとするが、ドアは動かない。
「そっか、開ける時も音声入力なのか? 開け! いや、帰ってきた時が、ただいま、だったから……。行ってきます! 何も起こらない! また声のボリュームの問題なのか? いって、きっまぁーす! これでもダメか! デバイスさーん! ちくしょう、停電になった場合はどうすりゃいいんだよ!」
真っ暗な部屋の中で、シャワーの音がする。
「おい、まさか、お風呂のシステムが壊れて、勝手に水が噴き出してる、とか……?」
シャワーの水流が床を叩く音は、段々強くなる。そして、ちょろちょろと、床を伝う水音まで!
「カンベンしてくれよ、水分は精密機械の天敵だろうがよ! 確実に壊れる! っていうか濡れたらショートして感電の危険性が! なんとか手動でシャワーを止めないと……」
だが、シャワー・トイレの扉さえ、デバイスの音声入力じゃないと開かないのだ。俺が力を込めても、びくともしない。
その間にも、シャワーの音と、床を伝う水音は、鳴り止まない。
俺は自分の服のポケットからスマホを取り出すと、不動さんの連絡先に電話して、助けを呼んだ。
◆ ◆ ◆
駆けつけた不動さんが、非常用の緊急解除キーで玄関を開け、外から光が差し込んできた時、俺は涙目になっていた。
「真っ暗だし、デバイスさんは答えてくれないし……水は止まらないし、みんな壊れちゃったみたいです……」
「そんな簡単に壊れる設計ではないはずですが……。ちょっと、開発者に確認します」
不動さんがスマホでどこかに連絡している。
冷静になった俺が、スマホの照明でシャワー室の方を見ると、まだ水音はするが、床まで漏れていなかった。
「私。こころだけど。久しぶり。とか言ってる場合じゃなくて。あ、エラー信号、管理元のそっちにも行ってるから、状況は把握してるの? うん……そうなの……はっ? なに? そんな機能……確かに、冗談で言ったけど……」
親しい友人と話しているかのような、フランクな口調の不動さん。
さっき、開発者に確認すると言っていたが、電話の相手は大学時代の友人・常呂川美月さんなのかもしれない。
「わかった……やってみる」
電話を切った不動さんは、デバイスをつけている俺の手首に口を近づけると、
「解除コード、エー・シックス・ゼロ・ファイブ・ワン。オールリセット」
と呟いた。
突然、部屋の照明が戻り、明るさが戻る。
「うわっ、ついた! よかった、故障したかと思って焦った! 今の電話の相手、開発者って言ってましたけど」
「ええ、開発者が私の元カノ……あ! いえ! もと……か……もとかわさん!」
不動さん、急に顔を真っ赤にしたと思ったら、わたわたと慌てて、何か思い出したかのように「モトカワさん!」と大きな声を出したので、びっくりしてしまった。
「モトカワさんって言うんですか? これを作ったのが?」
「そうなんですよ!」
「さっき調べたら、モトカワさんじゃなくて、常呂川美月って人でしたけど」
「知ってたんですか、美月のこと」
「デバイスさんと話しているうちに、たまたま。で、モトカワさんって?」
「モトカワさんの話は置いておくとして!」
自分で言い出したくせに。
「木芽さん……とんでもないことをやってくれましたね。メイドのココロさん、起動したんでしょう!? 見たんですね、アレを!」
ちょ、ちょっと不動さん、お怒りモードだよ!
「その、まあ……はい」
「完全に騙されたんですよ……。CGのキャラデザを考えているから、イメージを決めるために、このメイド服着てくれない?とか言われて。バイト代も出すからって。写真をパシャパシャ撮るからモデル気分で調子に乗っていたら! いつの間にか立体スキャンカメラで全身の三次元データを取られて! あれはセクハラ! あーもう!」
なんだか今日の不動さんは情緒不安定だな。
「でね、私、言ったんですよ。もしもこのメイドさんのCGに対して、いやらしいことをする人がいたら、天罰を与えてくれ、って」
「て、天罰?」
「例えば……真っ暗闇の中、シャワー室が開かないけど、シャワーは流れ続けて、足下まで水が漏れてくる。そんな怖さを、立体音響でリアルに再現して、驚かせるドッキリを仕掛けるとか、ねぇ……」
「り、立体音響……ニセモノの水音……」
俺の額に、冷や汗が伝う。
シャワー室の方を見る。床は、まったく、濡れてない。
この時の不動さん、笑顔ではあるが、必死に感情を押し殺しているような「圧」が逆に怖い。すっごく怖い。
怒り爆発、一歩手前、みたいな。
「木芽さぁーん。確認ですけどぉ……メイドのココロさんに、何か、しましたかぁ!? まさか、スカートの中を覗いたりなんてしてませんよねぇ!!」
「あ、その、えっと……ご、ごめんなさーい!」
◆ ◆ ◆
怒っている不動さんの空気に耐えられなくなった俺は、タダのハイテクハウス宿泊から逃げ出し、その日はネットカフェのナイトパックを利用した。