第一章 女神は天竺より舞い降りて《4》
それから、幾日。宴が考えていたとおりのことが起こる。
「氏の長者が、死んだ?」
その報せを受けた良文は、拍子抜けしたような表情をしている。
隣に居座っている千代織は無表情のまま、夫の顔を見つめている。
「それで?」
茫然自失状態の良文夫妻を余所に、宴は報せをもってきた少年……将門の末弟、将種に向き直る。将門と比べると、随分幼さが残るものの、がっしりとした体躯はすでに大人のものと等しい。彼も将門軍の一員として戦に出陣したのだろう。
「平一族を束ねる氏の長者である国香伯父を、兄者が倒したのです」
将種は誇らしげに、事実を述べる。
常陸国、野本にて。一族の惣領である平国香と源護の連合軍と、将門軍がぶつかりあった。
良兼の娘、桔梗が発端となったこの争いは、将門軍が勝利した。
「でも、激しい戦いだったのでしょう?」
「ええ。ですが、風の助けを受けることができて、形勢を立て替えることができました」
きびきびとした将種の言葉を、宴は噛み締めるように聞く。
将門を支えるように吹いたという風は、積もっていた雪をも巻き上げたという。その強風が転機となった。まるで白い蝶が舞っていたかのように、神々しい風景が、目に浮かぶ。
……それはきっと、神からの風だ。
――あたしではない、別のモノの力が、ここでもはたらいている。なぜ?
困惑した表情の宴は、俯きながら、良文の物悲しそうな声を聞く。
「けれど。雪が残る常陸国の土地は、駿馬の蹄によって荒れ果ててしまったのだな。焼き払われた敗者の家々ともども……」
……ああ、このひとは戦いを起こしたひとたちのことよりも戦いによって傷ついたひとたちのことを気にかけている。
将種はうっと言葉を詰まらせ、良文の表情をうかがう。だが、良文は責めるようなことはせず、静かに溜め息をつくだけだ。
「死んだのは、国香だけ?」
千代織が、確認を取るように、一族の惣領であった男の名を口にする。言霊で、縛り付けるような彼女の言い方に、宴は首を傾げる。
どこか、不自然だ。
だが、その『どこか』がわからない。
「ええと。氏の長者と源三兄弟、それから貞盛の嫁の兄弟たち……」
「源護は生き延びたのね」
まるで舌打ちでもしそうな千代織の残念そうな、刺々しい声に、宴は背筋を震わせる。
……なに、いまの? スタルシャナであるあたしが、なんで一介の武士の妻に怯えなきゃいけない?
言葉に窮した将種を見て、彼も宴と同様、千代織に威圧されているようだ。無言でこくこく首を振っているだけで、それ以上何も語らない。
「わかったわ」
将種に向けて、千代織は微笑を投げかける。それは、いつもの千代織だった。
宴は腑に落ちない表情で、良文の方を見やる。だが、良文が妻の豹変を気にするそぶりはない。良文は、将種が緊張しているとでも思っているようだ。彼の妻に怖れていることに気づくこともなく。
「わざわざありがとう、将種」
「い、いえ」
それでも、良文の労いの言葉が、硬直していた将種をホッとさせたようだ。将種の落ち着いた表情がそれを物語っている。
まるで止まっていた時間が動き出したような、そんな錯覚に陥る。
「あ、あと、兄者より伝言を預かっております」
「将門が?」
「ええ」
そして、顔色をうかがうように、将種は告げる。将種の視線の先には宴がいる。宴は将門からの言葉を、瞳をとじて、聞き入れる。
「そちらにおられる巫女姫を、我が館へお迎えしたい、と」