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第五章 私を戦場へ連れてって《2》




 上総介に任じられた良文の父、平高望は単身で東国へ赴くつもりでいた。しかし、高望の妻は一人前になった息子たちを同行させるよう訴えた。


「わたくしは身体が弱いゆえ、かの地へは向かえませんが、勇ましく育った息子たちを、まだ見ぬ坂東の地にお連れください」


 その言葉に高望も頷き、息子たちの意見をきいた上で、四人の兄たちを東国へ連れていくことにした。ただ、兄弟の末で、十一歳で元服したばかりの良文だけは、兄たちとひどく年齢が離れていたこともあり、母と共に京都に残ることになった。

 身体の弱かった母は、妙見菩薩を信仰していた。綾羽が祈る妙見神の存在を幼い頃から身近に感じていた良文だが、それから二十年もの年月を経て、まさかホンモノと遭遇するとは思いもしなかった。

 それから五年経った延長元年。滝口に詰めていた良文は、穏やかな凪のような風貌と目覚しい活躍により、京の女たちから評判の美丈夫となっていた。彼にしてみれば、もうすこしがっしりした身体つきになって東国で父をたすけている兄たちのように強くなりたいと思っていたのだが、その矢先。


「関東の賊を討伐せよ」


 彼は朝廷から呼び出しをくらう。


「俺でいいのか?」


 当時十六歳の良文は、雲の上のお方である時の天皇に向けて、見事なまでに口ごたえをしていた。京にいた頃の良文を知る人間は、彼の若い頃がいかに血気盛んで扱いづらかったかをいまも熱く語る……主に千代織の父、大野茂吉が。

 三十路に到達した良文自身、あのときのことは反抗期における若気の至りだと苦笑を浮かべるが、妻の千代織はそんなに変わってないんじゃないかしらと容赦ないことを言う。そもそも当時三歳になったばかりの千代織は良文と面識がないはずだ。要するに嫁入り前に父親からあることないこと吹き込まれたのだろう、たぶん。

 とはいえ、寛容な帝は良文の言葉を笑顔で無視して、楽しそうに命じていた。


「朕は、桓武帝が曾孫、上総介平高望の息子である良文に命ずるのだ」


 ――曰く、関東の賊を討伐せよと。


 京での日々に鬱屈としているのを見越したかのような勅命。同じことの繰り返しに飽き飽きし、刺激を求めていた彼にとってそれは渡りに船だった。


「――仰せのままに」


 そして醍醐天皇の期待を裏切ることなく、彼は相模国にて盗賊、野盗の群れを至極簡単に滅ぼした。その際、武蔵国大里郡村岡郷を本拠にしたことから彼は村岡五郎を称するようになる。

 村岡五郎平良文。飄々と物事をこなしていく若者を、京のひとびとは感心するとともに恐れた。一部の人間は彼を光る神(ヒカリノカミ)のようだと称えた。戦いとなると鬼のように弓を持ち、剣を振るう勇ましい彼の姿に、多くの兵が戦慄した。彼自身、光る神などと呼ばれていることも知らないまま、ひたすら天皇の勅命のまま、癇癪をぶつけるように悪を屠っていただけだというのに。

 だが、京の貴族は桓武天皇の血筋にいる武士が京に戻るのを疑問視した。

 彼みたいな武士を京で燻らせるのはいかがなものか、ひろい領地で自由に振舞わせた方がいいのではなかろうか。

 その結果、京に戻ってきた良文に、村岡の公地が褒賞として正式に与えらた。

 だが、良文はその後も母と共に京で日々を過ごした。東国にいる兄のひとり、良将の長男、将門が京で左大臣に仕えることになったためだ。

 良文は自分の領地の管理を父親代わりの兄良将に任せるかわりに、将門の身辺を世話することになった。そのこともあって、良文と将門のふたりは、叔父と甥というよりも兄弟のように親しくなる。

 ひょんなことから良文が千代織という十二歳の美少女を妻に迎えて村岡の地で暮らすようになるのは、それから九年の年月が経ってから。



   * * *



「うーたーげー」


 何か面白いことないの? そう問いたそうな千代織の呼びかけ。


「……なんでいるの?」


 顔をあげたら、千代織がいた。ほんのすこし、考え事をしていただけだというのに。人の気配に気づけなかった自分に嫌気がさす。


「なんでって、馬で」


 佐目毛の愛馬、鶸桜に乗って来たのは、理解できる。だが宴は理解できない。


「そうじゃなくて」


 どうして千代織が、こうも頻繁に将門の館に出入りしているのか。


「宴が淋しいんじゃないかと思って」

「嘘だあ。淋しいのはチヨリでしょう?」


 将門と良文が京へ発って早四ヶ月。承平七年の正月も過ぎ、主人を留守にした館の中は暇を持て余しているかのようにだらけきっている。良文の館も同じような状況なのだろうか? 宴は気軽に逢いに来る千代織を見て首を傾げる。


「そんな不審がらないでよ」

「いやかなり不審よ。あなたみたいな幼妻がひとりでのこのこ馬に乗って来るなんて」


 馬を走らせれば三日もせずに村岡から相馬へ行けるが、それでも女子がひとりで馬を走らせるというのは不審である。宴が言うのももっともだと千代織は苦笑を浮かべながらも反論する。


「国司どのもあたくしのことは存じておりますわ、だから心配無用ですの。それより幼妻って言わないでくださる? あたくしはれっきとした良文さまの奥方さまなんですから!」

「でも幼妻じゃん」

「そう幼妻って連呼しないでよ、こう見えても結婚して七年目なんですからねっ」

「じゃあ結婚した当初はれっきとした幼妻だ」

「だからしつこいですわよその話」


 溜め息をつく千代織の隣で、宴は無邪気に口をひらく。


「じゃあ、幼妻時代の話して」

「……宴、貴女わざと幼妻って連呼してなくて?」

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