バフが重ね掛けされない僕
僕は小麦の入った大きな麻袋を持ち上げ、馬車の荷台に載せていた。
今日の仕事は荷物の積み込み。
一つの袋が結構な重さなので、僕は筋力アップのスキルを使って、腕力を底上げしている。
「おい。えっとぉ、名前…なんだっけ。」
同じ作業をしているもう一人の男は、この仕事の依頼主。
僕より小柄なおじさんなのに、重たい麻袋を僕の三倍以上の素早さで載せていく。
「クラウドです。」
スキルのおかげで麻袋は重たくないけど、さすがにおじさんのような速さは出せない。
「なぁクラウド。何、チンタラやってるんだ? 俺が速さを上げるバフかけてやるよ。」
そう言って、依頼主は僕にスピードアップのスキルを使う。
僕のスピードが上がって、効率的に麻袋を運べる……ようにはならなかった。
「くぁ…お、重…」
僕は麻袋につぶされてしまう。
「なんだぁ、お前。ふざけてんのか? サボる気かよ!?」
依頼主の怒りももっともだ。だから僕は謝りながら立ち上がる。
「すみません…。僕、バフが重ね掛けされなくて。最後に掛けられた一つのバフしか効果が出ないんです。」
「はぁ? なんだそれ。」
「スピードアップのバフがかかったんで、筋力アップのバフが消えてしまったんです。」
「なにそれ怖い。バフって、時間経過以外で消えることあんの?」
依頼主の疑問はもっともだ。僕以外でこんな体質がある人なんて聞いたことがない。
サボっていると誤解されたことは今まで何度もあった。
「昔から、そういう体質みたいで。」
「もしかして、魔王の呪いかぁ?」
「いえ、魔王が現れる前からこうだったんです。」
「そ、そうかぁ…。まぁ、なんだ。すまなかった。とりあえずやれるだけのことはやってくれ。」
僕はもう一度謝ると、筋力アップのスキルを使って足元の麻袋を拾い上げる。
予定より時間はかかってしまったが、全ての麻袋を積み込み終えた。
依頼主は馬車馬にいくつかのスキルをかけて出発の準備をする。
そして僕に小さな袋を投げて寄越した。
「ありがとうな。少ないけど、これ。」
「え? こんなに?」
約束していたよりも多い報酬額に驚いた。
時間もかかってしまったのだ。値切られてもおかしくない。
「心を強く持て、クラウド。頑張れよ。」
そう言うと、依頼主は涙ぐみながら出発して行った。僕は大きな声でお礼を言って見送る。
良い人でよかった。でも…
「憐れみだな…。」
僕はちょっと惨めな気分になりながら、茜さす帰路をたどる。
まさか、こんな僕が世界を救う勇者になるだなんて。この時は想像すらしていなかった…。