第九話 夢の中
二人に見送られて、門を出た。三月とは言え、この辺りは、まだまだ寒い。が、心の中はそれに反して、まるで春のようだった。
ミコが、オレの手を握ってきた。
「光国。お疲れ様。頑張ったね」
前方を見たまま、言った。
「ああ、そうだな。頑張ったよ。だけどさ、オレ、かっこ悪かっただろ」
可愛い彼女に見られたい姿ではなかったが、仕方ない。あれが、オレと汀子だから。
「そんなことないよ。光国は、今日まで、ものすごく頑張って生きてきた。それが、わかったわ」
「そうかな。そう言ってもらえると、ちょっと安心した。ミコ、オレのこと、嫌になっちゃうかと思った」
「そんなわけ、ないでしょう」
大人びた言い方で返してくる。
「ミコ。今日は、ありがとう。本当にさ、感謝してる」
ミコは、オレを見上げると、笑顔になった。そして、いきなりオレに抱きついてきた。
「いつか、またここに来ようね。一緒に」
「ああ」
来られるかな、と思いながら言うと、
「あ。来られるのかなって心配してるでしょ。大丈夫。ミコがいます。いつかはきっと、わだかまりなく、笑い合える日が来ます。ミコは、そう思います」
「そうなるといいな」
心から言った。汀子と笑い合えるなんて想像も出来ないけれど、本当にそうなればいい、と真面目に思った。
「とりあえず、第一関門は突破したかな。先が長くなりそうだけど、いつかは倒す」
汀子との、あの恐ろしい思い出。いつでも暗黒のようだった日々を倒す。それをきれいさっぱり消し去って、次に進もう。
が、ミコはオレの言葉に首を傾げて、
「倒す?」
「ああ。倒す? 消し去る? とにかく、オレは汀子とやり直したいんだ。本当の親子になる為に。血のつながりの話じゃなくて」
「それは、わかるよ。そうだね。仲良しになれるといいね」
笑顔で言う。オレは、ミコの頬を撫でた。驚いたように目を見開くのも、可愛い。家の前で、しかも人通りのある道だということにも構わず、ミコにキスをした。
「謝りません」
オレが、ふざけた調子で言うと、
「謝らなくていいです」
ミコも、普通に返してきた。目が合うと、笑い出してしまった。
ミコを家まで送った後、駅に向かった。もう、すっかり暗くなっている。
最寄り駅から乗り換えの駅まで行き電車に乗ると、目を閉じた。
いつか、汀子と笑い合いたい。ミコと家族になりたい。それは、まだまだ遠い日のことだろうと思う。でも、諦めない。
いつの間にか眠りに落ちて見た夢は、オレとミコと父と汀子がいた。四人で喫茶店アリスに行って、イチゴのタルトを食べながら笑い合っている。
(きっとこれは正夢だ)
目が覚める直前、そんなことを思って、微笑みを浮べた。
(完)