第八話 親子
父が話をいろいろと振ってくれたおかげで、徐々にオレの気持ちも落ち着いてきた。が、汀子は相変わらず顔を上げようとせず、黙々とタルトとお茶を片付けていった。
父は、オレたちのカップが空になったのを見ると、
「もう一杯、淹れてこようか」
柱の時計を見ると、五時を回っていた。
「いや。もう、帰るよ。明日、朝から仕事なんだ」
「そうか。残念だな」
父は、オレをじっと見た後、笑顔になって、
「また二人で来たらいい。美子さん。今日は、来てくれてありがとう。楽しかったし、安心しました。これからも、光国をよろしくお願いします」
父が、ミコに向かって頭を下げた。そうされて、オレはどうしていいか、戸惑った。が、ミコは気にした様子もなく、
「こちらこそ、よろしくお願いします。今日は、お会い出来て、本当に嬉しかったです」
「そう言ってもらえると、嬉しいよ」
オレは立ち上がり、二人に向かって礼をした。
「今日は、ありがとう」
そのままミコを促して玄関に向かった。父の後に、汀子がついてきた。
本当はね、あんたのこと、大好きだよ
そんな言葉をもらっても、今までのことが全て帳消しに出来るわけではない。汀子の顔を見れば、数々の恐ろしい記憶がよみがえってくる。何年か経てば、少しはましになるんだろうか。それは、いつのことだろうか。
玄関まで来ると、オレは二人の方に振り向いた。ミコも振り返ると、二人に頭を下げて、言った。
「お母さん。私は、光国さんと出会うことが出来て、幸せです。お母さんに、感謝してます。お母さんのおかげで、光国さんに会えたんですから。またいつか、会って頂けますか」
あれからずっと俯いていた汀子が、顔を上げた。喜んでいるのか、悲しんでいるのか、わかりかねる、何とも言えない表情をしていた。
「あの……」
汀子は、何か言おうとしたが、言葉が上手く出て来ないみたいだ。父が、母の肩にそっと手を置いた。
「汀子さん。大丈夫だよ。時間は掛かるかもしれないけど、きっといつか、上手くいく日が来る。オレは、そう思う」
大好きな、父の優しい笑顔。これまでに、何回この顔に助けられただろう。きっと、汀子もこの笑顔を好きになったんだろう。何しろ、オレの母親だ。好みは似ているはずだ。
汀子は、父を見て目元を拭った後、
「どうぞ、またここに、二人で来てちょうだい。待ってるわ」
「ありがとうございます、お母さん」
ミコが言うと、汀子は、また顔を下に向けてしまった。小さく聞こえる声。泣いているみたいだ。父が、汀子の背中をさすってやっている。
オレは、ミコの横をすり抜けて、汀子の傍らに立った。父が、汀子から離れ、オレの方を見て頷いた。オレも頷き返すと、汀子を見ながら、
「母さん」
呼ばれて、驚いたように汀子が顔を上げた。オレは、汀子の目をしっかりと見て、言った。
「母さん。ありがとう」
オレは、汀子の背中に腕を回して、抱き締めた。汀子の背中が震えている。
「ごめんね。ごめんね」
何度も何度も、汀子が言う。オレは、何も言えずに、ただ汀子の体温を感じていた。
(温かい)
その時、初めて汀子と親子になれたような気持ちになった。