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イチゴのタルト  作者: ヤン
第四章 母
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第八話 親子

 父が話をいろいろと振ってくれたおかげで、徐々にオレの気持ちも落ち着いてきた。が、汀子(ていこ)は相変わらず顔を上げようとせず、黙々とタルトとお茶を片付けていった。


 父は、オレたちのカップが空になったのを見ると、


「もう一杯、淹れてこようか」


 柱の時計を見ると、五時を回っていた。


「いや。もう、帰るよ。明日、朝から仕事なんだ」

「そうか。残念だな」


 父は、オレをじっと見た後、笑顔になって、


「また二人で来たらいい。美子(みこ)さん。今日は、来てくれてありがとう。楽しかったし、安心しました。これからも、光国(みつくに)をよろしくお願いします」


 父が、ミコに向かって頭を下げた。そうされて、オレはどうしていいか、戸惑った。が、ミコは気にした様子もなく、


「こちらこそ、よろしくお願いします。今日は、お会い出来て、本当に嬉しかったです」

「そう言ってもらえると、嬉しいよ」


 オレは立ち上がり、二人に向かって礼をした。


「今日は、ありがとう」


 そのままミコを促して玄関に向かった。父の後に、汀子がついてきた。



 本当はね、あんたのこと、大好きだよ



 そんな言葉をもらっても、今までのことが全て帳消しに出来るわけではない。汀子の顔を見れば、数々の恐ろしい記憶がよみがえってくる。何年か経てば、少しはましになるんだろうか。それは、いつのことだろうか。


 玄関まで来ると、オレは二人の方に振り向いた。ミコも振り返ると、二人に頭を下げて、言った。


「お母さん。私は、光国さんと出会うことが出来て、幸せです。お母さんに、感謝してます。お母さんのおかげで、光国さんに会えたんですから。またいつか、会って頂けますか」


 あれからずっと俯いていた汀子が、顔を上げた。喜んでいるのか、悲しんでいるのか、わかりかねる、何とも言えない表情をしていた。


「あの……」


 汀子は、何か言おうとしたが、言葉が上手く出て来ないみたいだ。父が、母の肩にそっと手を置いた。


「汀子さん。大丈夫だよ。時間は掛かるかもしれないけど、きっといつか、上手くいく日が来る。オレは、そう思う」


 大好きな、父の優しい笑顔。これまでに、何回この顔に助けられただろう。きっと、汀子もこの笑顔を好きになったんだろう。何しろ、オレの母親だ。好みは似ているはずだ。


 汀子は、父を見て目元を拭った後、


「どうぞ、またここに、二人で来てちょうだい。待ってるわ」

「ありがとうございます、お母さん」


 ミコが言うと、汀子は、また顔を下に向けてしまった。小さく聞こえる声。泣いているみたいだ。父が、汀子の背中をさすってやっている。


 オレは、ミコの横をすり抜けて、汀子の傍らに立った。父が、汀子から離れ、オレの方を見て頷いた。オレも頷き返すと、汀子を見ながら、


「母さん」


 呼ばれて、驚いたように汀子が顔を上げた。オレは、汀子の目をしっかりと見て、言った。


「母さん。ありがとう」


 オレは、汀子の背中に腕を回して、抱き締めた。汀子の背中が震えている。


「ごめんね。ごめんね」


 何度も何度も、汀子が言う。オレは、何も言えずに、ただ汀子の体温を感じていた。


(温かい)


 その時、初めて汀子と親子になれたような気持ちになった。


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