第七話 イチゴのタルト
「とりあえずさ、お茶にしようよ。あ、もう冷めたかな。淹れ直そうか」
父が立ち上がる気配がした。横に向けていた顔を父の方に向けると、父はちょっと困ったような顔をしていた。
「汀子さん。お茶を淹れるのを手伝ってよ」
父が声を掛けると、汀子は父の方に顔を向けて、
「わかった」
そう言って、オレから腕を外して背を向けた。少し行ってから、振り向くと、
「そうだよね。私の言うことなんて、理解出来ないよね。これ、自業自得って言うのよね」
オレを詰っていた時とは全く違う、低い声だった。その顔は、何だか疲れ切っているように見えた。オレは慌てて、
「違う。そうじゃなくて……」
汀子に逆らったら、叩かれる。また自分のそばに来て、恐ろしい顔になって……。
「いいのよ。違わないよ。光国が正しい」
暗く微笑みを浮べて、キッチンに行った。さっきとは違い、二人は何も言い合わずに作業をしている。その様子をぼんやりと見ていると、腕を引かれた。
「光国。ありがとう」
「ありがとう? 何で?」
ミコの表情が歪んだ。首を振りながら、
「わからない。でも、光国、ありがとう。ミコと出会ってくれて、ありがとう」
「ミコ。オレの方こそ、おまえにありがとうって言いたいよ。オレの母親はあんな人で、さっきみたいなことを日常的にされてたし、何でオレは生きてるのかなって思ってたけど」
ミコの肩を抱き寄せて、
「おまえと出会う為だった。もう、それでいいや。でもさ、オレは母親に一応感謝してるんだよ。『飯田さん』と結婚してくれたから。オレは、『飯田さん』が大好きだからさ。あの人が、オレを人間にしてくれたんだから」
「そうだよね。感謝しなきゃね」
ミコが、オレの肩に頭をもたせ掛けてきた。
「ミコ。愛してる」
「私もだよ、光国」
そう言い合っていると、父と汀子がリビングに戻ってきた。二人にじっと見られたが、構わなかった。父がオレをいたわるような顔で、微笑んだ。
「さあ、光国。美子さん。お茶とタルトをどうぞ」
「父さん。タルトは、オレたちが買ってきました」
「まあ、そうだけど。食べよう。汀子さんも座って。このタルト、おいしいんだよ。光国とオレの好物なんだ」
汀子は俯きがちで、父が何を言っても返事しなかった。父は、手を合わせると、「いただきまーす」と陽気に言った。オレとミコも、それに倣った。やっぱりあの店のタルトはおいしい。特に、こんな大変なことがあった時には、慰めにすらなる。ミッコの力だろうか。
そんなことを考えながら食べていると、
「光国。今日も、ミッコさんのタルト、おいしいね」
ミコが、笑顔で言った。
「そうだな。オレも、今、そう思ってたよ」
二人で顔を見合わせて、笑った。