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イチゴのタルト  作者: ヤン
第四章 母
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第六話 本当は

 汀子(ていこ)と父が、オレを見ている。二人とも、何も言わない。汀子の目は、相変わらず鋭かった。その視線だけで、オレは胸がざわついてしまう。


(何で、ここに来ちゃったんだろう)


 また同じことを考えている。が、心の中で、「違うだろ、オレ」と叱責して、とうとう口を開いた。


「オレは、この人と付き合ってます。十八歳で、この前高校卒業したばっかりです。付き合い始めて、もう、八年になります。生涯一緒にいたい人なんです」


 一気に言うと、隣に座っているミコがオレを見て頷いた。ミコは、両親の方に向き直ると、


「私は、光国(みつくに)と……あ、すみません。光国さんと、これからもずっと一緒に生きていきたいです。私たちの関係を、認めて頂けないでしょうか」


 横目でミコを見ると、真剣そのものの顔をしていた。


 父が、オレたちの言葉に、何度も頷いた後、汀子の方を向き、


「いいよね、汀子さん。こんなにお互いを大事に想い合っている二人を、認めないとか言わないよね」


 汀子は、父に微笑んだ後、いきなり笑い出した。そして、一頻り笑ってから、急にさっきまでの表情に戻った。背筋が寒くなった。


「生涯一緒、とか、一緒に生きていきたいとか、何言ってるの? あんた、馬鹿じゃない?」

「汀子さん。またそんな意地悪言って」

「意地悪じゃないよ。この子が、何もわかってないから、教えてあげてるのよ」


 そう言って、汀子はソファから立ち上がり、またオレの方へ来た。汀子は唇を噛んで、オレを憎々し気に見ると、


「あんたの父親も、そう言ったよ。『汀子と生涯一緒にいたい』って。私は、あの人の言うことを信じちゃったのよ。それで、どうなったと思う? あの人は、私の他に好きな人を作って、出て行ったわよ。結婚から、たった二年。生涯一緒、なんて、全然嘘だったじゃない。あんたも同じよ。だって、あの人の子供だからね。あの人と同じことをするわよ、絶対。あんたは、あの人にそっくりだものね」


 体を固くして、ただ汀子を見ていた。


「何も言い返せないのね。あんたは小さい頃から全然変わらない。何か、言ってみたらどうなのよ」


 汀子がオレの服を掴んで、引いた。


「あんたなんか、いなければ良かったのに。あんたなんか……」


 殴られる、と思った。が、汀子はオレの背中に両腕を回すと、強く抱きしめてきた。何が起きているのか、わからなくなった。耳元で聞こえる汀子の声は、「ごめんね」と言っていた。オレは、ただ混乱が深まるばかりで、何も言えずにいた。


「光国。私ね、あの人のこと、大好きだったんだよ。あの人は、私よりずっと年上で、大人な人で、それでも私を好きになってくれて。結婚できて、子供にも恵まれて、私は幸せだったの。それなのにさ、あの人、出て行っちゃった。あの人の後に結婚した人たちも出て行っちゃった。あんたが悪いからだって、そう思いたかった。私は悪くないんだって、思っていたかった。だけど、違うよね。きっと、私が悪かったんだ。でも、認めたくなかった。だから、あんたを悪者にした」


 汀子は、涙声のまま続けた。


「光国。あんたを叩いたって、しょうがないってことは、わかってたよ。だけど、そうしないでいられなかった。光洋(みつひろ)さんと出会って、結婚して、今幸せなのに、あの人から受けた深い傷が治らないんだよ。それは、光国のせいじゃないってわかってるのに。いっぱい光国のこと、傷つけたよね。ごめんね。大嫌いって言っちゃって、ごめんね。違うんだよ。本当は……」


 その後に言われた言葉の意味が、わからなかった。その言葉は知っている。が、彼女がオレに言う言葉だとは思われなかった。オレは、うっかり訊き返してしまった。


「今……何て言った?」


 汀子は、オレの頭をそっと撫でながら、


「嫌ね、光国ったら。ちゃんと聞いててよ」


 汀子は、オレの顔を見つめながら、はっきりと言った。


「光国。本当はね、あんたのこと、大好きだよ」


 やっぱり意味はわからなかった。


「許してもらえるなんて思ってないから。ただ、今日、このタイミングで言わなきゃいけないって思ってた。信じてもらえなくても、伝えなきゃいけないって思ってたの」

「ごめん。何を言われてるのか、全然理解が出来ないや」


 オレは、そう言って汀子から顔を背けると、こらえきれなくなって、涙を流した。

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