第六話 本当は
汀子と父が、オレを見ている。二人とも、何も言わない。汀子の目は、相変わらず鋭かった。その視線だけで、オレは胸がざわついてしまう。
(何で、ここに来ちゃったんだろう)
また同じことを考えている。が、心の中で、「違うだろ、オレ」と叱責して、とうとう口を開いた。
「オレは、この人と付き合ってます。十八歳で、この前高校卒業したばっかりです。付き合い始めて、もう、八年になります。生涯一緒にいたい人なんです」
一気に言うと、隣に座っているミコがオレを見て頷いた。ミコは、両親の方に向き直ると、
「私は、光国と……あ、すみません。光国さんと、これからもずっと一緒に生きていきたいです。私たちの関係を、認めて頂けないでしょうか」
横目でミコを見ると、真剣そのものの顔をしていた。
父が、オレたちの言葉に、何度も頷いた後、汀子の方を向き、
「いいよね、汀子さん。こんなにお互いを大事に想い合っている二人を、認めないとか言わないよね」
汀子は、父に微笑んだ後、いきなり笑い出した。そして、一頻り笑ってから、急にさっきまでの表情に戻った。背筋が寒くなった。
「生涯一緒、とか、一緒に生きていきたいとか、何言ってるの? あんた、馬鹿じゃない?」
「汀子さん。またそんな意地悪言って」
「意地悪じゃないよ。この子が、何もわかってないから、教えてあげてるのよ」
そう言って、汀子はソファから立ち上がり、またオレの方へ来た。汀子は唇を噛んで、オレを憎々し気に見ると、
「あんたの父親も、そう言ったよ。『汀子と生涯一緒にいたい』って。私は、あの人の言うことを信じちゃったのよ。それで、どうなったと思う? あの人は、私の他に好きな人を作って、出て行ったわよ。結婚から、たった二年。生涯一緒、なんて、全然嘘だったじゃない。あんたも同じよ。だって、あの人の子供だからね。あの人と同じことをするわよ、絶対。あんたは、あの人にそっくりだものね」
体を固くして、ただ汀子を見ていた。
「何も言い返せないのね。あんたは小さい頃から全然変わらない。何か、言ってみたらどうなのよ」
汀子がオレの服を掴んで、引いた。
「あんたなんか、いなければ良かったのに。あんたなんか……」
殴られる、と思った。が、汀子はオレの背中に両腕を回すと、強く抱きしめてきた。何が起きているのか、わからなくなった。耳元で聞こえる汀子の声は、「ごめんね」と言っていた。オレは、ただ混乱が深まるばかりで、何も言えずにいた。
「光国。私ね、あの人のこと、大好きだったんだよ。あの人は、私よりずっと年上で、大人な人で、それでも私を好きになってくれて。結婚できて、子供にも恵まれて、私は幸せだったの。それなのにさ、あの人、出て行っちゃった。あの人の後に結婚した人たちも出て行っちゃった。あんたが悪いからだって、そう思いたかった。私は悪くないんだって、思っていたかった。だけど、違うよね。きっと、私が悪かったんだ。でも、認めたくなかった。だから、あんたを悪者にした」
汀子は、涙声のまま続けた。
「光国。あんたを叩いたって、しょうがないってことは、わかってたよ。だけど、そうしないでいられなかった。光洋さんと出会って、結婚して、今幸せなのに、あの人から受けた深い傷が治らないんだよ。それは、光国のせいじゃないってわかってるのに。いっぱい光国のこと、傷つけたよね。ごめんね。大嫌いって言っちゃって、ごめんね。違うんだよ。本当は……」
その後に言われた言葉の意味が、わからなかった。その言葉は知っている。が、彼女がオレに言う言葉だとは思われなかった。オレは、うっかり訊き返してしまった。
「今……何て言った?」
汀子は、オレの頭をそっと撫でながら、
「嫌ね、光国ったら。ちゃんと聞いててよ」
汀子は、オレの顔を見つめながら、はっきりと言った。
「光国。本当はね、あんたのこと、大好きだよ」
やっぱり意味はわからなかった。
「許してもらえるなんて思ってないから。ただ、今日、このタイミングで言わなきゃいけないって思ってた。信じてもらえなくても、伝えなきゃいけないって思ってたの」
「ごめん。何を言われてるのか、全然理解が出来ないや」
オレは、そう言って汀子から顔を背けると、こらえきれなくなって、涙を流した。