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イチゴのタルト  作者: ヤン
第四章 母
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第三話 迷い

 電車に乗り込み、席を確認してから腰を下ろした。自然に溜息が出てしまう。


 自分で決めたことだということは、わかっている。が、行く先があそこだと思うと、どうしても心が重くなってくる。


 スマホをカバンから出して、電源を入れずに黒い画面を見ていると、メールが着信した。ミコからだった。すぐに確認すると、


「今日だね。大丈夫? 無理しなくていいんだよ」


 その文面を少しの間見つめてから、首を振った。逃げようとしていた自分が嫌になった。


「大丈夫だよ。今、電車に乗った。待ってろよ」


 返信する。すぐに、「わかった。待ってる」と返信が来た。もう、絶対逃げられない。


 諦めがついた時、電車が動き始めた。


 ずっと外を見ていた。高い建物が少なくなってきて、代わりに緑が多くなってきた。目的地まで、もうそんなに遠くない。不安な気持ちがもたげてきた時、乗り換えの駅に着いた。在来線に乗ってしばらくすると、実家の最寄り駅に到着した。


 改札口を出ると、駅前通りの一本奥の道へ入る。そこに、喫茶店アリスがある。オレとミコにとって、大事な思い出の場所だ。ここで待ち合わせて、ケーキか何かを買ってから、実家に行くことになっている。


 店の前に来ると、少しためらってから、ドアを開けた。マスターとミッコがオレを見て、笑顔になった。


「よく来たな。元気にしてたか」


 マスターが、オレの肩を軽く叩いて言った。オレは頷き、


「はい。一応、だけど」


 うっかり本音が出てしまった。


「そうか。今日、これから実家に行くんだもんな。ちょっと憂鬱になるのも仕方ないか」

「あ、はい。ミコが言ってましたか」

「相談されたの。会いに行っていいのかしらって。光国(みつくに)を苦しめてる気がするって」


 ミッコが、複雑な表情で言った。


「苦しくないとは言わないよ。だって、汀子(ていこ)に会いに行くんだから。出来れば、会いたくない。それはそうだけど。ミコをあの二人に会わせたいって気持ちも、嘘じゃないから。なら、オレが頑張るしかないだろう」


 オレの言葉に、ミッコが頷き、


「そうだよね。会わせたいよね、大事な人と両親」

「ああ。オレ、頑張ってみる。出来るかわからないけど。で、あいつに負けたら、またここに来るよ。慰めてやってくれ」


 ミッコが、小さく笑った。そして、「わかった。いいよ」と言ってくれた。


 それからすぐに、ドアが開いて、ミコが入ってきた。


「あ。光国。ごめんね。待たせたみたいね」

「そんなに待ってないよ。それより、何にする?」


 ミコは、にっこりと微笑むと、


「何って。決まってるじゃないの。ミッコさん。イチゴのタルトを四個お願いします」

「はい、かしこまりました」


 ケーキの箱を持ってきて、詰め始めた。オレはミコを見て、


「勝手に決めた」


 ぼそっと言うと、ミコは、


「だって、私と光国と『飯田(いいだ)さん』がいるんだよ。他に何を買っていくのよ」

「はいはい。わかりました」


 ミコが、急に真面目な顔になってオレを見た。その目は、さっきのメールのように、「大丈夫?」と言っていた。オレは、頷き、


「大丈夫。何とかなるだろ」


 ミコの髪を撫でた。


「オレ、頑張る。あいつに勝てる気はしないけど、精一杯立ち向かってみるよ。おまえに言われたから両親の所に行こうと思ったんじゃない。オレが、あの二人とおまえを会わせたいと思ったんだ。それだけだ。おまえが気にすることじゃないから」


 ミコは黙ったまま頷いた。


「はい。準備できたわよ」


 ミッコが、いつもと変わらない調子で言った。代金を支払うと、「また来ます」と伝えて、店を後にした。


 商店街を離れてしばらく行くと、実家が見えてきた。鼓動が速くなっている。思わず足を止めた。


「光国。やっぱり、やめようか」


 オレは、首を縦に振りそうになって、慌てて横に振った。往生際が悪くて嫌になる。まだ逃げようとしていたのか。


「行くよ。自分で言い出したんだから。さあ、行こう」


 ミコの手を握った。ミコはオレを見上げた後、「わかった」と言った。


 実家は、もう目の前に迫っていた。

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