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イチゴのタルト  作者: ヤン
第四章 母
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第二話 父

 何もする気にならず、リビングのソファに、半ば横たわるようにして座った。待ち合わせは午後三時。大事な日に、遅刻するわけにはいかない。そう思いながらも、体が言うことを聞かない。


 母・汀子(ていこ)の夢を見るのは、随分久し振りだった。これから会いに行かなければならないから、それが頭の中にあったせいだろう。


「あーあ」


 思わず声に出して言い、大きな溜息をついた。


 と、その時、スマホの着信音が鳴り始めた。画面を確認すると、父からだった。すぐに通話にすると、


光国(みつくに)です」

「今、まだ家かな。今日、大丈夫そうか」


 四番目の父だから血は繋がっていないが、いつも気遣ってくれて、オレのことを大事にしてくれる良い人だ。


「どうかな。正直なとこ、自信ない」


 父の前では、つい本音が出る。父は、「そうか」と言うと、


「無理しなくていいんじゃないかな。汀子さん、光国には、あたりが強いから」

「夢を見たんだ。久し振りだった」

「夢?」


 父が訊き返すが、それがどんな夢かを説明するのは、さすがに(はばか)られた。


「何でもない。今から、家を出る。じゃあ、また後で」

「光国」


 呼ばれたが、通話を切った。


 心配してくれる、優しい父。オレに対して、厳しい母。そこへ、オレの大事な恋人を連れて行く。


 前に、恋人の藤田(ふじた)美子(みこ)に言われた。


「今すぐじゃなくていいんだけど、いつか私のこと、光国のご両親に紹介してほしいの」


 あれから一年以上の時間が過ぎた。彼女は、この前ようやく高校を卒業した。春からは、大学生になる。


 卒業式があった日の夜、彼女から電話が掛かってきた。


「光国。今日、卒業したよ」

「そうか。おめでとう」


 オレは、少しの沈黙の後、唐突に、


「ミコ。今度、両親に会ってくれ」

「え……」

「ミコに言われてから、ずっと考えてきた。いつか結婚するそのタイミングでもいいかもしれないけど、オレは今会ってもらいたい。オレも、あの人たちに、おまえのことを認めてもらいたい」

「わかりました。会います。会わせてください」


 即答だった。その言葉に、オレは安堵して息を大きく吐き出した。


「ミコ。日曜日で調整するから、予定入れないでくれ。向こうに連絡して、決まったら電話するから」

「はい。待ってます」


 それから、しばらく別の話をしてから、通話を切った。


 とうとう言ってしまった。両親に会わせるなんてことが、本当に自分に出来るんだろうか。


 そんな暗い気持ちが襲ってきたが、もう、(さい)を振ってしまった。スマホの画面をじっと見た後、父に連絡を入れた。父はすぐに出てくれて、


「久し振りだな。元気にしてるのか?」

「ああ。元気にしてるよ。あのさ……」

「光国。今、家かな。外、見えるか? 見てごらん。三日月が綺麗だから」


 父は、三日月が好きだ。大好きな父が好きだと言ったから、オレも三日月を好きになった。すぐに窓を開けて空を見上げると、確かに三日月がそこにあって、オレを見守ってくれていた。本当は違うだろうけど、少なくともオレにはそう感じられた。そのことが、オレに勇気を与えてくれた。



「あのさ、父さん。オレね、二人に会ってほしい人がいるんだけど」

「え。()()?」


 父は、会ってほしい人、という語ではなく、そこに反応した。


「そう。大事な子だから、二人に会ってほしいと思ってる。やっぱり、無理かな」


 無理だろう、やめた方がいい、と言ってほしかったのかもしれない。が、父は、


「汀子さん、そこにいるから、訊いてみるよ。ちょっと待ってて」


 自分が望んだはずなのに、心が騒ぎだす。母の名を聞いただけで苦しくなるのは、どうにも出来ない。


「光国。汀子さん、会うって。楽しみにしてるって言ってるよ。それで、今度の日曜日はどうかって」


 父の言葉に、オレは深呼吸をしてから、「わかった」と答えた。


「じゃあ、午後三時頃に。待ってるよ。でも、もしも都合が悪くなったら、当日でもいいから、連絡するんだぞ。無理しちゃダメだからな」


 都合が悪くなったら、と言ったが、汀子に会うのがやっぱり無理だと思ったら、と言いたいのだろうとわかった。父の言葉に、心の中が温かくなった。


「わかった。ありがとう」


 お礼を言って、通話を切った。涙がこぼれそうになっていた。



 そして、今日がその日だ。不安な気持ちを抱えたまま、玄関のドアに鍵を掛けた。

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