第二十一話 認めて
私は、お父さんの手を握った。こんなことをするのも、一体何年振りだろう、と思った。
「お父さん。私にとって光国は、すごく大事な人なんです。出会った時に、わかったんです。ずっと、一緒に生きていくんだって。この人なんだって。だから、私たちが付き合っていくのを、許してください。認めてください」
必死に訴えた。ダメと言われたとしても、別れるつもりは全くない。でも、お父さんには、私たちのことを認めてほしい。そう思った。
お父さんは、私を見て微笑むと、私の頭をそっと撫で、
「反対するわけ、ないだろう。おまえが、飯田さんを大事に思ってるのは、伝わったから。我が家の一大事に、おまえのそばにいてくれた優しい人で、夢を実現して昨日まで頑張ってきた人で、これから新しいことにも挑戦していく、やる気のある人で、しかも、おまえが大事だと思ってる人で、それで、どうして反対しなきゃいけないんだ?」
「お父さん……」
お父さんは、ゆっくり光国の方へ視線を移動させると、
「飯田さん。ミコがね、人と待ち合わせしてるのに、一緒に来てほしいなんて言うから、きっと大好きな人に合わせようとしてるのかなと思って、こんな格好をしてきました。あんまりラフな服装じゃ、その人に失礼かと思いまして」
お父さんは、ふっと黙った後、表情を改めて光国に言った。
「飯田さん。これからも、ミコをよろしくお願いします」
光国に向かって、頭を下げた。光国も、「ありがとうございます」と言った後、お父さんに頭を下げた。私は、お父さんの腕につかまって、「ありがとう」と小さい声で言った。涙は、まだ止まっていない。
お父さんは顔を上げると、
「それじゃ、お茶にしましょう」
紅茶を飲んでから、タルトを口に運んだ。目が輝いているように見えるのは、気のせいだろうか。
「これ、本当においしいな」
感激したように言うお父さんに、得意そうな表情になって、光国は、
「そうなんです。ここのケーキは、どれもおいしいんですけど、オレはこのイチゴのタルトが一番だと思っています。大好きな父が教えてくれた食べ物ですから」
「そうですか。お父さんと仲がいいんですね」
お父さんの言葉に光国が深く頷き、
「四番目の父で、血はつながっていませんけど、四人の中で一番オレを大事にしてくれている父です。他の三人は、ほとんど記憶にないですけど、あまり相性は良くなかったんだと思います。オレは、『飯田さん』に出会えて、本当に良かったと思ってます」
いつだったか、光国は言っていた。あの人が来てくれたから、オレは人間らしく生きられるようになったんだよ、と。
まだ会ったことのない、『飯田さん』に、いつか会ってみたい。今度は、私を紹介してほしい。光国のお母さんには会えるだろうか。光国は、あまりお母さんのことを話したがらないし、苦手だと正直に言ったことがあった。それでも、光国と家族になる日が来るなら、その時は会って紹介してほしい。
涙が止まって、ようやく私はタルトを食べ始めた。いつもの通りの、優しい甘さだ。
光国が大事にしているタルト。それは、私にとってもお父さんにとっても、大事な物になった。
「ああ、おいしかった。ごちそうさまでした」
手を合わせて、お父さんが言った。
「それじゃ、一足お先に失礼しますよ」
お父さんは立ち上がると、伝票を手にして背を向けた。光国が、「あ」と言ったが、お父さんは振り返らずレジに向かって歩き出した。