第二十話 一生、一緒に
「お久し振りです。覚えていらっしゃいますか? 飯田光国です。六年前に、一度お宅でお会いしました」
お父さんの方に振り向くと、笑顔で頷いていた。
「もちろん覚えています。あの時は、本当にお世話になりました。母親が家出して、私は仕事から帰って来ない。一人で不安な気持ちでいたのを、あなたがそばにいてくれたんですから」
お父さんは、そこまで言うと、光国に、
「座って話しましょう」
言われて光国は椅子に座った。私も、お父さんを見て頷いてから、椅子に座った。お父さんは、私の隣に座ると、光国を見ながら、
「飯田さん。昨日、あなたのバンドが解散したそうですね」
「はい。大事な物が、壊れてしまいました」
「それは、辛いですね」
「そうですね。ライヴをやっている時が、かなり辛かったですけど、今は少し落ち着いています」
そこまで話した時、ミッコさんがお茶とタルトを持ってきてくれた。お父さんは、タルトに目を奪われている。こんな可愛い感じのお父さんは、初めて見たような気がする。
「イチゴのタルトでございます。光国にとって、大事なケーキで、ミコも大のお気に入り。私が焼きました」
そう言って、ミッコさんは笑った。
「ごゆっくりどうぞ」
一礼して、ミッコさんがカウンターの方へ戻って行った。それを見届けてから、お父さんは、
「じゃあ、頂きましょうか」
フォークを手にしたお父さんに、光国が、慌てたような表情になり、「待ってください」と叫ぶように言った。お父さんは驚いたように顔を上げると、
「あ、はい。じゃあ、待ちます」
フォークをお皿の上に置いた。光国は、息を吐き出して呼吸を整えると、
「さっきの続きです。オレ……いえ、私は……」
「オレ、で構いませんよ」
お父さんが微笑みながら、光国に言った。光国は軽く頷くと、
「では……オレは、昨日バンドを解散して、今後のことは、まだ考え中です。音楽をやっていくのは間違いないですが、具体的なことを決められていません」
「昨日まで、バンドで頑張っていたんですから、決められていなくても当然でしょう。飯田さんは、まだ若いんですから、何にだってなれますよ」
私は、ただ黙って二人を見ていた。
「実は、オレたちは、付き合っています。出会って二日後から、今までずっとです」
お父さんを見ると、別に驚いている感じではなかった。わかっていたのだろうか。
「これからも、ずっと、一生ミコさんと一緒に生きていきたいと思っています。許して頂けますか」
光国の真剣な顔。それを見ていたら、何だか涙が流れてきた。私は何故泣いているのだろう、と思ったが、止まらないから仕方ない。