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イチゴのタルト  作者: ヤン
第三章 未来
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第十九話 黒いスーツ

 待ち合わせの時間が近づいてきた。お父さんの部屋をノックすると、返事が聞こえた後、ドアが開いた。


「じゃあ、行こうか」


 喫茶店に行くにしては、何だか堅苦しいような格好だ。何故、仕事に行く時のようにスーツを着ているのだろう。


「何だ? 不思議そうな顔して」

「え。だって、お父さん。喫茶店に、ケーキを食べに行くのよ。仕事に行くんじゃないのよ」


 私が言うと、お父さんは微笑んで、


「今日は、この格好がふさわしいんじゃないかと思ってね」

「え?」

「何となくそう思っただけだよ。いいじゃないか。じゃあ、行こう」


 何も説明していないのに、何か知ってるみたいな言い方だ。


 アリスまで行く道で、お父さんは、


「こうやってミコと歩くなんて、何年振りだろうな。思い出せないな。いつもおまえは一人だったから」


 私は、ただ頷いた。私にしても、お父さんと連れだって歩くのが何年振りなのか、全く思い出せない。


「いつも忙しかったから、帰るのも遅かったし、おまえには寂しい思いをたくさんさせたんだろうな」

「そんなこと……」

「そういえば、いつだったか、うちに帰ったら知らない青年がいて、びっくりしたっけ」


 鼓動が速くなった。何故今その話をするのだろう。


飯田(いいだ)くんって言ったね。昨日、解散したんだろう、彼のバンド。さっき、ネットのニュースで見たよ」


 私は何も言わず、ただ俯いていた。


「あの時は、お世話になったね」


 お父さんが一人で話している内に、アリスに辿り着いてしまった。お父さんがドアを開けて、私を先に入らせた。


 中に入ると、ミッコさんが、


「あ。やっぱり、待ち合わせの相手は、ミコだったんだ。でも、それにしては、あの人、あんな格好だし……」


 ミッコさんの視線の先を見ると、スーツ姿の人がいる。しかも、黒。驚き過ぎて、言葉が出て来ない。


 ミッコさんは、私の後ろに立つお父さんに、


「初めまして。ここの店主の娘で店員の、斉藤(さいとう)美代子(みよこ)と申します。いつもミコさんが来てくれているんです。ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとうございます。今日は、ミコに誘われて一緒に来ました。ここのケーキはおいしいと聞かされているので、楽しみにしています」


 お父さんとミッコさんの方に視線を戻す。ミッコさんは、軽く頷きながら、「それでか」と、納得したように呟いていた。


 ミッコさんは、私の肩を軽く叩くと、


「ま、頑張りなさい。じゃあ、いつものを三つ準備するから、あの人の所に行ってて」

「はい」

「あの人?」


 お父さんが、繰り返す。私は、お父さんを見ずに、まっすぐ前を向いたまま、


「さっき、お父さんが名前を出した人です。あそこに座っている、黒いスーツを着ている人」


 目的のテーブルまで行くと、椅子に座っていたその人が、さっと立ち上がった。

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