第十六話 最後の日
いよいよ明日が、光国たちのバンドの最後のライヴだ。どうしているだろう、と思い、返事を期待せずにメールした。送って一分もしない内に返事が来た。
「早い」
思わず呟きながら、メールを開いた。
「明日のライヴで、オレたちのバンドは無くなるよ。もう、一緒にやることは、ないんだろうな。明日、見に来てくれるの、楽しみにしてる。それから、やりたいことが見つかって、良かったな。明日は、ライヴの後、そのままそっちに泊るから、次の日、会おう。喫茶店アリスなら、問題ないだろう。三時くらいに来てくれたら嬉しい」
行くよ、と返事をして、その後、胸がドキドキし始めた。
出会ったその日、もう、心の距離は縮まっていた。翌々日には、告白し合ってしまった。その思い出のある、今ではしょっちゅう一人で行っている喫茶店アリス。そこで、あの人に会える。そう思うだけで、冷静ではいられなくなる。
(会えるんだ)
胸が高鳴るのを押さえられなかった。
翌日、ライヴが行われる大きなホールへ一人で向かった。ホールの外は、すでに人だかりが出来ていた。これからもっと、この場所に人が集まるだろう。ライヴの終わりに、どんな発表があるかも知らず、ただ楽しそうにしている。むしろ、その人たちが羨ましいような気さえした。
ぼんやりと考えごとをしていると、「ミコ」と呼ばれた。よく知っている声だ。私は、声のした方に振り向き、
「ミッコさん」
彼女の隣には、マスターもいた。二人とも、神妙な顔をしていた。それはそうだろう、と思った。これから何が起こるのか知っている、数少ない人たちなのだから。
「とうとう、今日になっちゃったね」
無理矢理作ったように微笑むミッコさんが、言った。
「はい。ちょっと、気が重いです」
「そうだよね。だけど、あの人たちは、私たちの溜息は望んでない。楽しんでほしいと思ってるはず」
「そうですね。きっと、そうですね」
「楽しもうね。これが……」
(最後だから)
囁くように、彼女が言った。私は、頷きながら、大きく息を吐き出した。
「見届けるのが、私とパパの役目だから」
そうか。普段ミッコさんは、マスターを『パパ』と呼ぶのか、と、変な所に感心した。ミッコさんは、左手首の時計を見ながら、「あと五分で開場だね」と、沈んだ声で言う。
お互いのチケットを取り出して、席の確認をし合ったが、ミッコさんたちは二階席だった。全く離れてしまった。
「終わったら電話するから、一緒に帰ろう」
「はい」
係りの人の大きな声が響き渡った。
最後のライヴが開場した。