第四話 涙
エレベーターで上がり、降りたフロアーの一番奥がミコの家だった。
「ここです。今開けます」
斜め掛けにした小さなバッグから鍵を取り出しドアを開けると、ミコはオレを見上げて、「どうぞ」と言った。先に靴を脱いで上がると、「こちらへ」と奥を指差した。オレは、急いで靴を脱ぎ隅の方に置き直すと、ミコの後について行った。
広々としたリビングに置かれた、作りの良さそうなソファを差すと、ミコは、「どうぞ」とオレに言った。オレは軽く頷くと、そのソファに座った。座り心地がすごく良かった。ミコは、少し首を傾げながら、「紅茶でいいですか?」と訊いてきた。
「あ、なんでもいいよ。オレは好き嫌い、ないから」
と言うか、好き嫌いなんて言える家庭で育っていない、と言うべきかもしれない。ミコは、「じゃ、入れてきます」と言うと、台所へ行ってしまった。
一人になったので、なんとなく部屋をぐるりと見回した。家具がどれも高そうだ。明らかに、実家に置かれていた物とはランクが違う。傷つけたら大変だ、と思った。今はカーテンがされているが、窓からの眺めもきっとすごいんだろうな、と想像してみたりした。と、その時、
「お茶、入りました。どうぞ」
ふいに声を掛けられて、思わず姿勢を正してしまった。ミコがすぐそばに来ていることに、全く気付いていなかった。不躾に部屋を見ていたこの客をミコはどう思っただろう、と考えて、ちょっと恥ずかしくなった。
「ごめん。何か、こういう所が珍しくって。失礼だよな」
ミコはカップをローテーブルに置き、オレに向かって微笑むと、
「いいえ。慣れてますから、気にしないでください」
そうか。慣れているのか、と感心した。
ミコは、ローテーブルを挟んだオレの正面のソファに座って、紅茶を一口飲んだ。その様子は上品で、本当にお嬢様なんだな、と改めて思わされた。
それはそうと、オレはさっきから何だか落ち着かない。慣れない雰囲気の場所のせいだろうか。それとも、別の理由からだろうか? 別の理由って何だ? と自問してみたが、すぐにその問いそのものを打ち消した。答えをはっきりさせない方がいいような気がしたからだ。
ミコは俯いたままで紅茶を飲んでいる。母親が家を出て、もう帰って来ないだろう状況は、大人のように振る舞っているミコにとっても、当然きついことだろう。
オレはソファから立ち上がり、ミコの傍らに立った。テーブルにカップを置いたミコが、顔を上げてオレを見た。その目には、今にもこぼれ落ちそうな涙が浮かんでいた。彼女の長い髪に触れながら、「我慢しなくていいから」と低く言ってやると、ミコはソファから立ち上がり、オレに抱きついてきた。泣き声が漏れ聞こえる。
「おまえが落ち着くまで、ずっとそばにいるから」
しっかりと抱きしめて、震える小さな背中を軽く叩いてやっていると、家の電話のベルが鳴り始めた。ミコは、濡れた瞳のままで電話の方に目をやった後、オレを見上げた。