第十三話 憂い
その夜、光国から電話が掛かってきた。以心伝心だろうか。彼の声は、相変わらず元気がなかった。
「光国。ツヨシさんの具合は、どう?」
「だいぶ良くなってるよ。ただ、いつも俯いているんだ。声を掛けるのも遠慮した方がいいかなって思うくらいの雰囲気だよ」
いつも微笑んでくれていたツヨシさんが、そんな状態になっているなんて、ショックだ。
「でもさ、声掛けない訳にはいかないから、当然話すんだけど。ライヴの時は、無理してでも気持ちを上向かせてるんだけど、ステージから下りたら、表情がさっと変わるんだよ。去年から、そういう兆候はあったけど、もう取り繕えないんだよな。少なくとも、オレたちの前では」
光国が黙った。私は、何か言わなきゃと落ち着かない気持ちになって、
「光国。あの……あれからいろいろあって、また進路を悩んでたんだけど……。一旦は、文学部に行こうって決めたのに、ある人に劇団に誘われて。今まで考えたこともなかったのに、迷った。だけど、違うってわかったから。私は、文学部に入って、お勉強します」
光国が、小さく息を吐き出したのが聞こえた。
「そこに行って、将来何をするのかっていうのは、ちょっとまだ微妙だけど、やってみたいなって思ったから」
「そうか。大学に行くんだな。頑張れよ。オレは……バンドを解散したら、その先どうしようかなって迷い中。手伝ってほしいって、何人かから声を掛けられてはいるけど、何だろう。考えがまとまらないんだ。ダメだよな、そんなじゃ。来月の最後のライヴで、解散を発表するから。地元で最後のライヴ出来るなんて、オレたちは恵まれてるな」
ツアーの最終日は、地元のここで行われる。チケットは手に入れられたものの、席は三階の、しかも後ろの方の席だ。
光国たちが、どのくらいのサイズに見えるんだろうと呑気なことを思っていたが、それどころではない。席なんか、どこでもいい。ただ、彼らの最後のステージを見守りたい。
(チケット取れて、良かった)
心の中で呟いてから、
「その日、行くからね。三階の後ろの方から応援するから、ちょっとだけその辺を見てね」
わざと、おどけたような口調で言った。光国は、「はは」と笑うと、
「見るよ。そっちばっかり見る」
「え。それは、ダメだよ。最後なんだから、みんなを見て」
うっかり最後と言ってしまった。胸が、ドキッとした。
「あ、えっと……。じゃあ、またね」
「おい、ミコ」
大好きな人の声を遮るように、容赦なく通話を切った。思わず大きな溜息を吐いてしまった。
「ああ、もう。私の馬鹿」
泣きたいような気持ちになった。