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イチゴのタルト  作者: ヤン
第三章 未来
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第十二話 涙

 その週の金曜日。クラブを終えて、久しぶりに喫茶店アリスに寄った。ミッコさんが、笑顔で私を手招くと、カウンター席を指差した。いつもの通りに、そこへ座った。


「忙しかったの?」


 注文もしない内から、ケーキ皿を手にしている。どうせ注文するつもりだったので、そのまま準備してもらう。


「そうですね。進路をどうするか考えていましたし、クラブも忙しくて。この前、大会があったので」


 大会の話をして、黒羽(くろば)さんを思い出した。が、もう電話してから数日経っているので、あまり動揺しなかった。やはり、私の選択は間違っていなかったのだろうと思った。


「そっか。それで、進路はだいたい決まったの?」

「はい、一応。大学の文学部に入ろうと思っています」

「文学部か。ミコ、本読むの、好きだもんね」

「はい」


 お父さんに、劇団には行かず、文学部を受験したい、と伝えると、「わかった」と言って、深く頷いた。


「ミコがそうしたいなら、それでいいよ」

「ありがとう」


 その後、私は紅茶を入れて、お父さんと一緒に飲んだ。お互い、何も言わなかったけれど、温かい空気で満たされているように感じた。


「そう言えば、最近、光国(みつくに)と話した?」

「ツヨシさんが、舞台から落ちた時に電話して、それ以来です。ミッコさんは?」


 イチゴのタルトを一口食べた。今日も、やっぱりおいしい。ミッコさんの優しさが伝わってくる、そんな味だ。


「私は、ツヨシから連絡があった。『私のせいで、大切な物が壊れてしまうんです』って、暗いトーンで話してた。私に言わせたら、ただ時期が来たってことじゃないかと思うけど。あの人たちは、中学に入学して間もない頃にバンドを始めて、今まで来た。子供だった彼らが、大人になって、一緒に見て来た夢が見られなくなることだってあると思う。わかってることは、ツヨシは今苦しんでるってこと、かな。だから、解散すること、私は賛成」


 彼らをずっと見て来たであろうミッコさんの言葉は、重みがあった。


「解散してほしい訳じゃない。でも、仕方ないと思う」


 重ねて、ミッコさんが言った。ふと彼女の顔を見ると、涙が頬を伝っていた。彼女は、エプロンのポケットからハンカチを出して目元を拭うと、


「ごめん。ちょっと、奥に行ってくる」


 歩き出した彼女の背を、父親であるマスターが見送っている。マスターは、大きな溜息を吐くと、


「ミッコ、ちょっと落ち込んでてな。何しろ、ずっとあいつらをそばで見てきたから。プロになる前は、ライヴハウスに電話したり、チケットを売ったり、そういうことも手伝ってた。一緒にやってきたって思いが強いんだろう。奴らが東京に出る時も、祝福しながらも寂しそうだったけど。今回は、それよりもっと、へこんでるな」


 私は、小さく頷いて、紅茶を飲んだ。


(光国は、どうしてるのかな)


 今すぐ電話したいような気持ちに駆られた。


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