表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イチゴのタルト  作者: ヤン
第三章 未来
34/56

第九話 転落

 それから何日か経ったけれど、私と加津子(かつこ)は、何となくギクシャクしたままだった。


 私は、相変わらず迷っていた。が、誰かに相談するのはいけない気がして、一人で考え込むばかりだ。


 思いついて、黒羽(くろば)さんのいる劇団のサイトを見てみた。お芝居の動画が、少しだけ見られるようになっていたので、見てみることにした。


 黒羽さんは、三十代くらいに見えたが、このお芝居では老女の役をやっていた。それが、その年齢の人にしか見えず、彼女の演技力に圧倒されてしまった。そして、これが本当に芝居で生きていきたい人の在り方のように思えた。


 その役になりきる。そこにいるのは黒羽(くろば)(みつ)ではなく、老女なのだ。黒羽蜜だと少しも思わせてはいけないのだ。


 それは、覚悟だろう。私に、そんなことが出来るだろうか。今まで、そんなに強い気持ちでやってきたのだろうか。


 私は、首を振った。そして、思った。黒羽蜜は、きっと私と誰かを間違えて評価してしまったのだ。


 真実はどうであれ、私はそう考えることにした。


 今の私には、全くそこまでの覚悟はない。迷うとは、そういうことだ。そんな気持ちのまま、チャンスだと思って飛び込んで、どうなると言うのだろう。そんなの、全然ダメだ。


 ここ数日の、重くのしかかっていた物が、ようやく私の身から離れた。危うく、勘違いをするところだった。


 劇団のサイトを閉じて、ニュースを見ていると、驚くべきものを見つけてしまった。


「え?」


 光国(みつくに)のバンドのヴォーカル・中田(なかた)(つよし)さんが、リハーサル中に舞台から落ちた。足を捻挫したものの、ライヴには差支えはないらしい。


「電話してみよう」


 冷静に考えれば、今夜はこれからライヴなのだから、電話を掛けるなんて迷惑行為だとわかったはず。が、その時の私は、そんなことすら考えずに光国に電話を掛けてしまった。しかも、私のその電話に光国は出てくれてしまった。


「やあ、ミコ」


 沈んだ声だった。


「光国。あの……ツヨシさんが舞台から落ちたって、本当に?」


 光国は、溜息を吐いてから、


「本当だよ。すごいな。もうニュースになっちゃってるんだ。でも、読んだと思うけど、捻挫で済んだから。今夜のライヴは問題なく出来るし、大丈夫だから」

「何で落ちちゃったの?」

「考え事をしてたから、かな。最近あの人、ずっと憂鬱そうにしてたから。だから、バンドやめるって言ったんだ。ツヨシが苦しんでるのに、続ける意味はないだろうって思って」


 鼓動が速くなった。そう言えば、この前電話で話した時、そんなことを言っていた、と思い出した。


「オレは、オレたちのバンドが好きだ。すごく大事だ。だけど、それを存続させることで、メンバーの誰かが苦しむなんて、おかしいだろ。オレにとって、バンドも大事だけど、ツヨシも同じくらい大事だ。だから、やめようって四人で決めた。だけど、あの人は、それを自分のせいだって、気に病んでるんだ。だから、ぼんやりとしちゃって、舞台から落ちた。オレは、どうしたらいいんだろうな」

「光国……」

「ああ。オレさ、もう、何にも考えないで、おまえと一緒にいたい。なーんにも考えないで」


 声が、少し揺れた。泣いているのかもしれない。そばにいるなら、その涙を拭いてあげられるのに。そう思った。


「ごめん、ミコ。もう電話切るよ。また連絡する」

「ごめんね、忙しい時に。ライヴ、頑張ってね」


 通話を切った。


 光国が大事にしてきたバンドがなくなってしまう。


 その現実が、少し軽くなっていた私の心を、また重くした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ