第八話 圧迫感
翌日、教室に入っていくと、加津子は自分の席に着いて、カバンから教科書やノートを取り出していた。そばに行って、挨拶しなければ。そう思ったが、足がすくんでしまう。
私が動けずにいると、加津子が私の存在に気が付いた。少しの間、私を見つめた後、
「おはよう」
抑揚のない声で言った。私も慌てて、挨拶し返した。いつもなら、彼女のそばに行って話し掛けるのに、今はそんなこと出来そうもない。私は、自分の席に着いて、授業の準備を始めた。重苦しい空気が、私たちを取り巻いていた。
お昼休みをどうしようかと迷っていると、加津子が私の前に黙って座った。何も言わずに、お弁当の包みを開け、食べ始めた。私も急いでお弁当を出し、黙って食べた。
いつもなら、加津子のそばにいれば安心出来るのに、昨日あの人に出会ってから、すっかり変わってしまった。この圧迫感は、かなりつらい。
黙って食事し合った後、立ち上がった加津子が私を見た。心臓が跳ね上がるようだった。
「それで? どうする気?」
「えっと……」
答えられずにいる私に、加津子は、ふっと笑みをもらし、
「いいね。選択権があって。私には、そんなもの、ない」
冷たい響きだった。何か言わなきゃ。そう思ったけれど、口からは何も出て来なかった。ただ、息苦しかった。
放課後になった。私が加津子の方を見ると、加津子も私を見ていた。彼女は口を開くと、低い声で言った。
「ミコ。今日、私、クラブ休むから。先生と先輩にそう言っておいて。じゃあね」
驚いて、目を見開いてしまった。
「え? 帰るの?」
加津子は、私から視線を外して俯いたが、すぐに顔を上げ、
「今は、ミコの顔を見ていたくない」
はっきりと、そう告げられた。
教室を足早に出て行く彼女に、掛ける言葉がなかった。