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イチゴのタルト  作者: ヤン
第三章 未来
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第二話 ミッコさん

 いつもの道を歩いていると、「ミコ」と呼ばれた。喫茶店アリスの斉藤(さいとう)美代子(みよこ)さん、通称ミッコさんだ。私は軽く会釈してから、


「いつものをお願いします」


 中に入りもしない内に、いきなり注文してしまった。ミッコさんは笑って、


「はいはい。じゃ、中に入って」


 ドアを開けてくれる。私は中に入ると、カウンター席に座った。マスターが、「いらっしゃい」と言った後、


「どうした。何か悩み事かな」

「わかりますか? そうです。ちょっと困ってます」

光国(みつくに)と何かあったかい?」


 光国は、私の恋人で、東京でプロのロックバンドをやっている。私は首を振ると、


「そうじゃないんです。えっと……進路のことで」


 店の中に入ってきたミッコさんが、私の背中を軽く叩き、私の隣に座った。


「そっか。ミコも、そんなことを考える年齢になったんだね。出会った時は、小学生だったのにね」

「はい。高校二年生です。でも、今まで、全然将来のことを考えていなかったと気が付いたんです。ある意味、すごいですよね、私」


 大きく息を吐き出した。ミッコさんは立ち上がり、カウンターの中に入って行った。イチゴのタルトをお皿に取ってくれながら、


「何かさ、やってみたいことってないの?」


 訊かれて、首を傾げる。私は、ミッコさんを見つめると、


「ミッコさんは、今ここで働いてるけれど、迷ったりしなかったんですか?」


 思い切って訊いてみる。ミッコさんは、私の視線を受け止めると、


「全く迷わなかったわよ。むしろ、一日でも早くここで働きたいと、ずっと思ってきたから、今ここで働けてるのは、本当に幸せなことなんだ」

「迷わなかったんですね」

「そう。迷わなかった」


 イチゴのタルトを私の前に置くと、また私の隣に座った。頬杖をついて私を見ながら、


「先代みたいに、おいしいケーキを焼けるようになって、みんなに喜んでもらいたい。先代に楽をさせてあげたいって、それしかなかったから。先代は、私のおばあちゃん。このお店を始めた人。私が中学に上がったくらいから、少しずつ体調が悪くなっていって。私が今のミコと同じくらいの時、やっと納得出来るようなケーキを焼けるようになって、おばあちゃんも、『合格』って言ってくれたんだけど、それから割とすぐに、あの人は亡くなったの。だから、もう、私が焼くしかないってわかったから、やってるの。他の進路を考えたことは、本当に一度もないわ」


 迷いのない瞳で、ミッコさんはそう言った。私は、その真っ直ぐさに、思わず目を見開いた。そんなにも強い思いが、私の中に何かあるだろうか。


「ミコ。お茶、飲みなさい。冷めるわよ」

「あ、はい」


 紅茶を一口飲んで、タルトを口に運んだ。いつもの通り、おいしい。少しだけ、心が軽くなった。


「ミコ。どういう道に進むにしても、自分が本当にやりたい方に行きなさいね。人は関係ない。自分がどういう風に生きていきたいか、だよ」

「どういう風に……生きたいか」


 思わず、ミッコさんの言葉を繰り返した。


「光国がいてもいなくても、ミコがどうしたいか、だからね。だって、ミコの人生なんだから。誰も責任、取ってくれないよ」

「私の人生……」


 真顔で呟く私に、ミッコさんは微笑み、


「提出まで、何日かあるんでしょ。それに、その紙に書いたら、その通りにしなきゃいけない訳でもないし。大事なことなんだから、一生懸命考えなさいね」


 髪を撫でてくれる。私は、小さく頷いてタルトを食べた。ミッコさんみたいに、これと思い込めるような何かに出会いたい、と強く思っていた。

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