第十話 愛してる
帰宅してから、ネットで吉隅さんの演奏会の記事を探した。やはり、ものすごく褒めているものばかりだ。そうだよね、と思いながら一人頷いていた。
と、その時、着信音が鳴った。画面を確認すると、光国からだった。すぐに通話にすると、
「ミコです」
「さっき、里菜ちゃんから写真が送られてきた」
眠いだろうに、わざわざそのことで電話をくれたのか、と、感動してしまった。
「あの……どうだったかしら?」
光国が黙ってしまったので、訊いてみると、彼は大きな息をついた。
「ダメです」
「ダメ?」
傷ついた。私としては、結構いいかな、と思っていたのに。好きな人からこんなふうに言われたら、立ち直れそうもない。
光国がまた溜息をついたのが聞こえた。胸が、ざわざわした。
「あの服着て出掛けたら、みんながおまえを、振り返ってでも見ちゃうだろ。オレはそれが嫌なんだ。わかってる。馬鹿みたいだと思ったんだろう。そうだよ。オレは馬鹿なんだ。おまえのことになると、オレは馬鹿になるんだ」
光国が言ったことを頭の中で整理してみる。それはどういうことだろう。
しばらく考えて、わかった。
「それは、もしかしたら、私を褒めてくれてるの? 可愛い? 似合ってた?」
「当たり前だろう。おまえは可愛い。あの服は、おまえにすごく似合ってた。だから、あれを着て出歩いてほしくない」
今度は胸がドキドキし始めた。
「光国。ミコは、今すごく嬉しいです」
私の言葉を聞いているのかどうか。光国は嘆き口調で、
「あー。オレ、どうしておまえより十歳も上なんだろう。おまえの同級生とかだったら、こんな心配しなくていいのかもしれないのに」
急に子供みたいなことを言い出したので、つい、可愛い、と思ってしまった。が、彼はすぐに口調を改めて言った。
「ミコ。オレ、今のところ、おまえが言ってたような、普通の恋人同士みたいなことは、出来ない。あ、キスしちゃったか。ごめんなさい。オレがいけなかった。オレは、バンドのギタリストをやめることは出来ないし、このまま売れっ子でいたい。だから、この状態を、今すぐ変えることは出来ないと思う。でも、オレは、おまえだってわかってるから。他の人を好きになったりしない。それは信じてくれ」
私は、見えないとわかっていながら頷くと、
「光国。ミコも、光国だってわかってる。光国を信じるから、ミコの気持ちも信じて下さい。ミコが、いつまでも子供だから、ごめんなさい」
有名なバンドのメンバーが、女子中学生と……なんてことになったら、きっとマスコミは喜ぶだろう。でも、それはさせられない。光国が傷つく。私も傷つく。彼らのファンも傷つく。そんなことには絶対したくない。我慢が必要な時期なんだとわかってはいる。寂しいけれど、仕方がない。
私が思いを巡らせていると、光国が言った。
「待つって言っただろう。十年でも二十年でも待つから。だけど、わかってくれ。オレは今朝みたいにされちゃうと、自分を律することが難しいんだ。おまえの気持ちはわかる。叶えてあげられなくてもわかってる。だけど、オレはギリギリの所に立ってる感じなんだ。いつか踏み外しそうで、それを恐れてる。だけど……」
光国が黙った。私が名前を呼ぶと、彼は囁くように言った。
「愛してる」
涙がこぼれてしまう。何も言えずにすすり上げていた。彼は、何度も何度も囁く。そして、私の心を幸せで満たしていった。
「私も愛してるよ」と心の中で何度も返事していた。
第二章は、これで終わりです。第三章も、引き続き藤田美子が主人公です。