第二話 少女
彼女は無理矢理立ち上がろうとしたが、やはり痛みが強いようで、すぐに座り込んでしまった。オレは彼女の前に膝をつくと、
「痛むんだろう。無理しちゃダメだ。すごく急いでたみたいだけど、どこに行こうとしてるんだい?」
顔を覗き込むようにして訊いてみた。彼女は首を振り、「わかりません」と、か細い声で言った。
「とにかくさ、その傷を何とかしよう。ばい菌が入ると、ろくなことにならない。そこのコンビニで必要物品を揃えます」
宣言してから、彼女をお姫様抱っこした。彼女はオレのことを、非難するような強い視線で見てきたが、
「諦めなさい。君は今、自由に歩けないだろう」
やや冷たい口調で言ってやると、彼女は視線を地面に落とした。彼女を抱えたまま、さっきまでバイトをしていたコンビニに向かった。
中に入ると、バイト仲間の山田くんが、オレたちを見て驚いたような表情をした。が、オレは構わず、
「山田くん。この子、オレとぶつかって怪我しちゃってさ。手当てをしてあげたいんだけど」
用件を伝えると山田くんは頷き、消毒液や絆創膏を持ってきてくれた。そして、オレに抱えられた状態の彼女を、慣れた手つきで手当てしてくれた。今度はオレの方が驚かされた。
「へえ。すごいな、山田くん。医者か看護師みたいに慣れた手つき」
感心してそう言うと、山田くんは頭を掻きながら、
「オレ、弟がいるんですけど、そいつがけっこうやんちゃで、しょっちゅう怪我してて。その度にオレが手当てしてたんで。両親共働きで、家にオレしかいなかったんです」
「本当に助かったよ。ありがとう。あ。会計して。このバッグに、財布が入ってるから」
山田くんは、言われるままにオレのバッグから財布を取り出した。そして、「すみません」と言った後、財布からお金を出して会計してくれた。店を出る時、「お大事に」と声を掛けてくれた山田くんは、本当にいい奴だな、と改めて思った。
店を出てすぐ、彼女は、「下ろしてください」と言った。ためらったものの、結局オレは彼女を下ろした。小柄な彼女と視線を合わせながら、「歩けそうか?」と訊いてみたが、彼女は、「わかりません」と言って俯いた。
歩き出した彼女を見ていたが、痛みの為か、少し足を引きずっていた。オレは思わず、「待てよ」と声を掛けてしまった。彼女は振り返って、こちらをじっと見た。オレは、彼女に一歩近付くと、
「どこに行くんだっけ? 一緒に行こうか?」
オレの言葉に、彼女は首を振り、
「そんな。いいです。それに、どこに行くのか私にもわからないんです。ただ、あっちに……」
「さっきさ、『待って』って言ったよね、確か。誰かを追いかけてた?」
彼女は、はっとしたような表情になったが、すぐに俯き、静かな声で言った。
「いえ。もういいです。家に帰ります」
肩を落として歩き出す彼女を、放っておけなかった。オレは彼女の手をいきなり握ると、
「わかったよ。帰るならそれでもいい。でも、オレ、そんな状態の君を一人で帰らせるのは心配だから、家に入るのを見届けさせてくれ」
彼女は、黙ったままでオレを見てくる。そうされて、何だか少し心が落ち着かなくなった。が、そんなことを彼女に悟られてはいけない、と、いつもの調子を保つように努めた。
「あ、そうだ。オレ、名乗ってなかったな。飯田光国。二十歳。バンドのギター担当です。近い内にデビューしてる予定です。全然あてはないけど」
そう言ってオレは小さく笑った。が、彼女の方は、全く表情を変えないで、
「藤田美子です。四月から小学五年生になります」
十歳違うらしいということがわかった。
ミコを家に送る間、お互い黙り合っていた。オレは、ぼんやりと自分の家族について思いをめぐらせ、胸をざわつかせていた。