第四話 二人きりで
「今日、すごく調子良かったね。何か良いことでもあった?」
クラブの後、加津子に言われて、私は思わず笑顔になって、深く頷いた。
「明日、良いことがあるの」
「明日、何かあるんだ」
「そう。東京に行くの」
私の言葉に、加津子は、「そういうことか」と言って片頬を上げた。私は即座に、「違うの」と否定した。加津子は、驚いたような顔になり、
「え。あの人とデートじゃないんだ。じゃ、何しに行くの?」
「オケの演奏を聞きに行きます」
私がそう言うと、加津子は首を傾げた。
「ミコ。クラシック音楽、好きだっけ?」
「今までは、あまり関心なかったです」
「そうだよね。それが、どうして急に東京まで行こうと思ったわけ?」
私は、吉隅ワタルさんの演奏会に行くことになったいきさつを、興奮ぎみに語った。加津子は、いつもの通りの冷めた表情のまま、「へー。そうなんだ」と相槌を打っていた。
「加津子は、その音を聞いてないから、そんなに冷静でいられるのよね。本当にすごいのにな」
「それは、伝わりました。じゃ、楽しんできなね。でもさ、東京に行くのに、あの人に会わないの? 忙しいとか?」
「忙しいけど、一応会います」
「そりゃそうだよね。良かったじゃない」
「そうなんだけど」
つい、歯切れが悪くなってしまう。
「どうした? まさか、ケンカしたとか」
「それは、ない。あの人は大人なので、子供相手に本気で怒ったりしません」
「じゃあ、何?」
言うか言わないか迷ったが、口から出てしまった。
「本当は、二人きりで会いたいの」
「え?」
「私があの人と会う時、いつも誰かがいるの。今回も、中田さん一家がそこにいる。だって、中田さん家で会うんだから。二人きりで会ってるのを見られたら問題になるかもしれないから、だからそうした。でも……」
私が黙ると、加津子は私の頭をポンと叩いた。長身の加津子を見上げると、彼女は優しい顔で笑っていた。
「大事に思われてるんだよね、ミコは」
「それはわかる。わかってます。でもね……」
加津子は、私の頭を撫でると、
「帰ろう」
話の続きはせず、そう言って歩き出した。私もすぐにその背中を追った。
私のわがままな思いは解決を見なかったけれど、加津子に話したことで、何となくすっきりした。そして、明日の演奏会への期待感が戻ってきて、私をワクワクさせた。