第一話 普通の恋
第二章からは、藤田美子が主人公になります。第一章から四年が過ぎ、小学生だったミコが、中学三年生になりました。
授業を終えて、私・藤田美子は、カバンを手にして立ち上がった。演劇部の練習が、もうすぐ始まる。
中学に入学後、誘われて始めた演劇。それまで全く経験はなかったが、はまった。
あれから二年半。再来月の県大会が終われば、引退だ。
月日の経つのは早いものだ、と少ししんみりとしていると、
「ミコ。早く行こう」
親友で同じクラブの水原加津子が、急かしてきた。私は、小さく溜息をついた後、
「わかってるわよ」
そう言って、加津子の後について歩き始めたが、教室を出るその時、クラスメイトの女の子の声が、何故か耳に入ってきた。彼女は、いかにも嬉しそうな、はしゃいだ感じで、
「この前、告白されたって言ったでしょ。付き合うことにしたの。昨日、二人っきりで、遊園地に行ってきたの。もう、すっごく楽しかったよ」
「えー。いいなー」
私は、振り返って、その二人を見た。遊園地に行った子は、すごく幸せそうな顔をしているように見えた。
立ち止まった真顔の私に、加津子が、
「ほら。早く。練習に遅れちゃうよ」
少し尖った声で言ってくる。私は加津子の方に向き直って頷くと、加津子とともに、部室へ急いだ。
練習の間も、私の頭の中では、さっきの二人の会話がぐるぐるしていた。そして、思う。
(私も、大好きな人と、普通の恋がしたい)
大好きな人と二人きりで、手をつないで歩く。時々顔を見合わせて、微笑み合う。遊園地に行ったり、おいしい料理を一緒に食べたりする。
そんな普通のことが、私とあの人には出来ない。その現実が、私の心を沈ませる。
その日は、最後まで練習に集中出来ずにいた。