第十五話 旅立ち
(また会えるのに。わかってるのに……)
何だろう、これは。どうにも処理しきれない感情だった。
「光国。大丈夫ですか」
友人の声に、現実が戻ってきた。オレはツヨシを見上げると、真顔のままで、
「大丈夫だよ。だって、これはお別れじゃないんだから。また会おうって約束したんだ」
「はい。そうですよね」
それが叶うと思っていないような口調だった。少なくともそんな風に聞こえた。胸がザワザワする。ツヨシは、いつもと変わらない穏やかな声で、
「この先どうなるのか、私にもわかりません。でも、光国。気持ちを伝えられて良かったですね。本当に良かったと思ってます」
美しい微笑。この人には敵わない、と思わされる。オレは大きく息を吐き出すと、
「そうだよな。だけどさ、どうしてオレは、自分の気持ちをあんなに正直に言っちゃったんだろう? ある意味すごいな、オレ」
「そうですね。すごいと思いますよ」
ツヨシが小さく笑う。オレは、体の力が抜けて、ようやく微笑むことが出来た。オレは、すっかり冷めてしまった紅茶を一口飲んでから、ツヨシを見た。ツヨシは、オレがこれから何を言おうとしているのか知っているかのように、笑いを収めてオレを見返してきた。
「ツヨシ。オレ、待つんだ。あの小学生が大人女子になるまで。だってさ、オレ、あの子だってわかったから。何をわかったんだって言われると、説明に困るけど。でも、わかったんだ。だから、あの子を待つんだ。で、いつかは迎えに行く。おかしいってわかってる。でも、しょうがない。これはどうにも出来ないや」
オレが、宣言するようにそう言うと、ツヨシは頷き、
「今の光国、すごくかっこいいですよ。ステージに立ってる光国より、かっこいいです」
「えー。それ、褒めてないよな。ツヨシくんが、そういうこと言うかな?」
「言います」
そう言って、ツヨシが笑った。笑ってくれて良かった。少し救われた気分だ。
次にミコに会えるのは、いつだろう? 何もわからない。東京でどうなるか、考えたら不安にもなる。が、今は前を見て歩こう。振り返ってばかりいたら、何もつかめない。そう思った。
オレは、ツヨシに微笑むと、
「ツヨシ。一緒に頑張ろう。東京に行って、有名なバンドになろう」
「もちろんです」
少しの迷いもないツヨシの言葉が、オレの心を強くしてくれた。
「ツヨシ。オレ、決めた。成功するまで、もうイチゴのタルトは食べない」
オレが言い切るとツヨシは目を見開いたが、すぐに微笑み、頷いた。オレは、さらに言った。
「オレが食べようとしたら、注意してくれ。これは、願掛けみたいなものだから。オレは誓ったぞ」
「はい。わかりました」
その時、新たな客がやってきて、ツヨシはそちらの対応に行ってしまった。それを汐に、オレは帰ることにした。会計をしてもらう時、美代子が鼻をすすっていた。目も少し赤いようだ。オレは小さく笑って、
「ミッコ。永遠の別れじゃないんだからさ。いつもみたいに、人を食ったようなこと、言ってよ」
美代子は、もう一度鼻をすすると、オレをじっと見ながら言った。
「光国。また来てよ。私は、ずっとここで、あなたたちを応援し続けるから。ここに帰って来てよ」
「ああ。わかってるさ。ミッコ、ありがとう。マスターも」
マスターが頷いた。彼は、いつだって笑顔だ。
「勝っても負けても構わない。いつか絶対にここに来るんだぞ。もちろん、四人で」
「はい。四人で」
「よし。じゃあ、行ってこい」
肩を軽く叩いた。マスターに頷くと、オレは手を振ってドアを開けた。もう一度二人を振り返って見てから、外に出た。
『飯田さん』との思い出の場所。バンドを始めてからは、しょっちゅう通った場所。いろんなことがあっても、今はいいことしか思い出せない。店に向かって一礼してから、その場を離れた。
数日後、オレたちはこの町を去った。四人で始める旅。不安よりも、今はわくわくする気持ちが勝っている。
きっとつらい思いもするだろう。でも、負けない。あの可愛い恋人を迎えに行く為に。イチゴのタルトを食べる為に。
オレたちは今、輝ける未来を目指して出発したのだった。
これで、第一章は終了です。第二章は、藤田美子が主人公になります。