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イチゴのタルト  作者: ヤン
第一章 出会いと別れ
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第十四話 約束

 何分くらいそうしていただろう。オレはミコから視線を外して、テーブルを見るともなしに見ていた。ミコは何も言わずに、オレが話し出すのを待っているようだった。


 心臓が速く打っていて、息苦しさを感じるほどだった。が、言ってしまわなければいけない。


 深呼吸して気持ちを落ち着かせようとしたが、あまり効果はなかった。こうしていても仕方ない、と思い切って顔を上げると、ミコは、数分前と変わらぬ表情でオレのことを見ていた。


「ミコ。オレたちは、四月になったら東京に行くんだ。帰って来ない。東京で活動していくんだ。まだ、どうなるかなんて全然わからないけど、もう行くって決めたんだ」


 ミコの表情が固まった。


「ミコ。オレは、おまえが……」

「私が、どうしましたか?」


 そんなにまっすぐ質問されたら、どうしたらいいんだろう。何と言えばいいんだろう。オレは俯き、溜息をついた。


「言ったら、全部壊れちゃうんだ。やっぱり言えない。言っちゃいけない」


 ミコに言うというよりは、自分に言い聞かせている感じだった。


「壊れるって、何故ですか? 言ってほしいです。言ったからって、壊れないかもしれませんよ」


 ミコの言葉に顔を上げ、目の前にいるこの少女は本当に小学生なのか、と疑うような気持ちになった。しかし、それが事実だからこそ、今オレは困っているのだ。


 彼女はやや強い目つきでオレを見ると、迷う様子もなくはっきりと言った。


「わかりました。言わなくていいです。()()が言いたいことを言います。聞いてください」


 今まで『私』と言っていたミコが、自分のことを『ミコ』と言ったことに、軽く驚いた。オレは、ただ彼女を見つめ返すばかりだった。


「言います。ミコは、()()が好きです。それもね、大好きなんです。子供のくせに、ごめんなさい。でも、これでお別れなら、ミコは言っておきたいと思ったんです。もう一回言いますよ。大好きです」


 そして、オレのことを『光国(みつくに)』と呼んでくれた。ミコの決心が伝わって来る。


「光国は、ミコが一番哀しかった時、そばにいてくれました。どうしていいのかわからなかったあの時、光国がミコと出会ってくれたんです。光国のおかげで、ミコは救われたんです。だけど、それだけじゃないんです。ミコはまだ子供過ぎて、こういうのはよくわからないけど。それだけじゃないんです。もっと、何だかすごく心の奥の方で、好きだって思ってるんです」


 真剣な顔つき。オレは思わず、ミコから目をそらした。同じ気持ちでいてくれたことは嬉しい。が、それがわかってどうするんだ。


「ミコは言いたいことを言いましたから、もう帰ります。光国は言いたくないんでしょう」


 そう言って、彼女は立ち上がった。このままここを去って行かれたら、後悔する。


 行かせまい、と思ってミコの腕をつかむと、驚いたような表情でオレを見た。言ってはいけない、と思いながらも、我慢するのはもう無理だった。オレは、感情が溢れ出しそうになるのを必死に押さえつけながら、


「ミコ。オレの方こそ、おまえを好きだ。大好きだ。これ、犯罪だろう。おまえは、まだ小学生なのに。どうすればいいのか、オレ、もう全然わかんないんだ」


 言い終えると同時に、涙が流れ出した。ミコがバッグを探って、ハンカチを渡してくれた。薄いピンク色の、花柄のハンカチ。受け取って涙を拭った。でも、止まらない。本当に嫌になった。


「ミコは、光国が好きなので、あと何年か待っていてください。そのうちに、きっともう少し大人になりますから。だから、光国。泣かないで」

「おまえと出会ってからずっと混乱してて。だけどさ、おまえのことが大事なんだ。傷つけたくないんだ」


 隠しておこうとしていた感情が、次々に溢れ出してくる。


 今まで、欲しいものなんか、なかった。だけど、今回は絶対に欲しいと思った。ミコは物じゃないけど、心の底からそう思った。


「ごめん。もう、何言ってるんだか」


 ミコが首を振った。


「よくわかったわ。ありがとう、光国。ミコを大事に思ってくれてるのね。嬉しいです」


 何だか、ミコの方がずっと年上みたいだ。


「待っててください。すぐに大人になるから。ミコは急いで大人になります」


 今度はオレが首を振った。


「おまえは急がないでいい。オレが気長に待つ。待っててもいいのか?」


 確認する。ミコは深く頷き、


「もちろんだわ。待っててください。それから、ミコを忘れないで。どこにいても、忘れないで。お願い」

「忘れたりしないよ。絶対。ずっと待ってる」


 ミコの腕から手を離すと、オレはミコの右手を握った。彼女も握り返してきた。そうされて、オレは心が温かくなるのを感じた。涙は、もう止まっていた。


 ミコは微笑みを浮かべると、


「光国。今日はありがとう。ミコは嬉しかったです。それから、さっきの約束、忘れないでね。本当に、忘れないでね。さよならは言わなくていいですよね。だって、また会えるから」

「ああ」


 本当に小学生か? と思いながら無理に笑って見せると、オレは、


「じゃあな、ミコ。あ、ここはオレが払うから。いいよな」


 ミコは頷き、「ごちそうさまでした」と、笑顔で言った。オレが、握っていた手を離すと、ミコは背中を向けて歩き出した。


 店を出る時、マスターと美代子(みよこ)にお辞儀をしてからドアを開けた。去って行くミコ。だけど、追いかけることはしない。また必ず会えるから。


 そう思って納得したはずなのに、一人になったら力が抜けた。強い悲しみが襲ってきた。


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